断章427

 「戦略をもつことは目先の小さな事にこだわらずに、長期で本質的な事を見通し、症状ではなく原因に対処し、木よりも森を見る能力を意味する」と、ローレンス・フリードマンは言った。総合戦略評価(ネットアセスメント)において、「地政学」は大きな比重を占めている。

 

 ところが、「地政学は、ソ連時代のロシアではかたくなに敵視されていた。たとえば、1974年に出版されたL ・ A ・モドリョーザンの『軍事冒険主義の道具としての地政学』のなかでは、地政学は西ドイツの報復主義者たちや毛沢東主義者、シオニストたちの間で“軍事的な冒険”のための道具となった、と指摘されていたほどだ」。

 「しかし、ソ連崩壊という未曽有の危機に直面してから、共産主義というイデオロギー以外の国家政策の拠り所として、昔の敵が使っていた地政学の理論を真剣に研究し始めた」。

 「ソ連崩壊と冷戦終結の後を継いだ新生ロシアでは、地政学の研究が本格的に進められている。ただしこの地政学の活用のされ方は、欧米、特にアメリカのそれとは大きく異なり、イデオロギー的なものと絡み合って活用されていることが特徴的だ」。

 「『地政学エセ科学であり、憎むべき資本主義者たちが大衆の間に軍国主義と熱狂的愛国主義を広めるためのイデオロギー的な道具だ』という非難は消滅した」(以上、『地政学 ―― 地理と戦略』五月書房から)。

 

 2008年、ジョージ・フリードマンは、こう書いている。

 「地政学、経済、そして人口動態上の問題から、ロシアは根本的な転換を迫られている。ロシアは過去100年にわたって、工業化を通じて国の近代化を図り、ヨーロッパ諸国に追いつこうとしてきた。だが努力が実を結ぶことはなかった。そこでロシアは2000年前後に戦略を転換した。過去一世紀間にわたって重点的に取り組んできた工業開発に見切りをつけ、エネルギー資源を中心とする天然資源のほか、鉱物、農産物、木材、貴金属などの資源輸出国として生まれ変わったのだ。

 工業開発から原材料に重点を移すことで、ロシアはそれまでとはまったく異なる、発展途上国にありがちな発展経路をたどった。だがエネルギーと商品価格の予期せぬ高騰によって、ロシア経済はこの措置を通じて救われたばかりか、強化され、特定産業(引用者注:軍産複合体である)の復興を推進できるまでになった。そして何より重要なことに、天然資源の生産は工業生産ほど労働集約性が高くないため、ロシアは人口が減少しても維持できる経済基盤を手に入れたことになる。

 またロシアは国際システムに影響力を行使する手段をも手に入れた。ヨーロッパはエネルギーを渇望している。ロシアはヨーロッパに天然ガスを供給するパイプラインを建設することで、ヨーロッパのエネルギー需要を満たすと同時に、自国の経済問題を解決し、ヨーロッパをロシアに依存する立場に置いたのである。エネルギー不足の世界にとって、ロシアの輸出するエネルギーはヘロインのようなものだ。手を出したら最後、やめられなくなる。ロシアはすでに周辺国を意のままに操る手段として、天然ガス資源を利用している。この力はヨーロッパの心臓部にまで及んでいる。今やドイツと東欧の旧ソ連衛星国のすべてが、ロシアに天然ガスを依存している。それ以外の資源を合わせれば、ロシアはヨーロッパに多大な圧力をかけることができる。

 だが依存は諸刃の剣になりかねない。軍事力の弱いロシアは、周辺国に圧力をかけることができない。かえって周辺国に富を強奪される恐れがあるからだ。したがってロシアは軍事力を回復しなくてはならない。金持ちで弱いというのは、国家として非常にまずい状態だ。天然資源に恵まれたロシアがヨーロッパに資源を輸出するには、富を守り、自らを取り巻く国際環境を規定するだけの力を持たなければならない。

 (2008年からの)今後10年間でロシアは(少なくとも過去に比べれば)ますます豊かになるものの、地理的には不安定な状況に陥る。したがって資源輸出で得た経済力を背景に、自らの権益と緩衝地帯を ―― 続いて緩衝地帯のための緩衝地帯を ―― 他国から守れるだけの十分な軍事力を構築するだろう。ロシアの基本戦略の一つは、北ヨーロッパ平原沿いに奥行きのある緩衝地帯を作る一方で、周辺国を分裂させて操り、ヨーロッパに新しい勢力バランスを築くことである。

 ロシアが断じて許容できないのは、緩衝地帯のない緊迫した境界を、周辺国が団結して守るような状況だ」(『100年予測』早川書房から)。

 

 となれば、ロシアは、バルト三国フィンランドをこのまま放置し続けることはできない。皇帝ダース・プーチンは、「パンドラの箱」(残っているのは、希望ではなく核兵器である)を開けた。もしウクライナ戦争後に、ロシアがしばらく鳴りをひそめても、けっして油断してはならない。息をひそめて、次の獲物を狙っているのだ。

 

【補足】

 「ロシア中央軍管区のミンネカエフ副司令官は22日、軍事作戦は第2段階に入ったとし、ウクライナに次ぐ標的としてモルドバの国名を挙げた。ロシアでは、ウクライナの首都キーウ(キエフ)の攻略を断念したことへの不満がくすぶっており、親欧米政権が2年前に誕生したモルドバへの侵攻を示唆することで、ロシア国内の主戦論者らの不満を鎮めたい思惑があるとみられる」(2022/04/23 東京新聞)。

断章426

 「人間が戦争をするのは、愚かだからでも、過去に学んでいないからでもない。戦争がいかに悲惨なものかは誰もが知っており、したいと望む人間はいない。戦争をするのはその必要に迫られるからだ。戦争するよう現実に強制されるのである」。

 「武力による問題解決はヨーロッパでは時代遅れになったという考え方は誤りである。それは幻想でしかない。過去においても幻想だったし、これからもそうであり続けるだろう」。ジョージ・フリードマンは、2015年刊行の『ヨーロッパ炎上、新・100年予測』でそう言った(以下、著作の一部の再構成・紹介)。

 「ロシアは西の緩衝地帯を再建しようとしている」。

 「主な焦点となるのはウクライナである。バルト三国EUNATOに加盟した今は、ウクライナをどうするかが東西両側にとって問題になる。ここでの紛争がどこから始まったのかについては、見方が分かれている。西側の主張では、大統領の腐敗と圧政に対して民衆が暴動を起こしたのがきっかけということになる。ロシア側は、合法的に選ばれたヤヌコーヴィチ大統領(引用者注:親ロシア)が、アメリカやヨーロッパの手先の暴徒によって追放されたのがきっかけだと主張する。

 どちらが真実かは大した問題ではない。真の理由はウクライナの地理的位置にあるからだ。ウクライナは、ロシアにとっては南の緩衝地帯になり得る国である。この国がヨーロッパ大陸の側についてしまえば、ヨーロッパの勢力圏からヴォルゴグラードまでは300キロメートルほどの距離に縮まってしまう。ヴォルゴグラードソ連時代にはスターリングラードと呼ばれ、第二次世界大戦中にソ連が死力を尽くし多くの犠牲者を出して守った場所だ。ウクライナNATOに加盟するようなことがあれば、NATO第二次世界大戦中のヒトラーとほぼ同じところまで進出して来ることになる。バルト三国ウクライナに挟まれるベラルーシも、そうなると西側についてしまうのは時間の問題だ。ロシア寄りの現政権がいつまでも続くわけではない。かつてのロシア帝国ソ連の時代には、国境からかなり東に入ったところにあったスモレンスクも、西側と直に対峙する場所ということになってしまう。ヨーロッパ大陸は全体が仮想敵の手に渡る」。

 「ヨーロッパとアメリカは、緩衝地帯の必要そのものを否定し、ロシアに考え方の変更を求めるだろう」。

 しかしながら、「国の意図が短い間に簡単に変わり得るということをロシア人はよく知っている。ヨーロッパもアメリカも現段階では悪意などないのかもしれない。しかし、国の意図も能力も本当に短期間で変わってしまうのだということをロシア人は歴史から学んでいた。ドイツは1932年の時点では弱い国だった。政治的にも分裂していて、軍事力などないに等しかった。ところが、1938年にはヨーロッパ大陸でも最高の軍事大国になっていたのである。国の意図も能力も、まさしくめまいがするような速度で変わっていった」。

 「ロシア人は、1941年6月22日、ドイツがソ連に侵攻を開始した日に受けた衝撃から抜け出せていない。彼らには安心するということができない。安心だと思っていると、いつか幻想を打ち砕かれるかもしれないと恐れるからだ」。

 「ロシア人にはその時の記憶や、19世紀のクリミア戦争の記憶もあった。彼らは必ず最悪を想定する。そして、現実が最悪の想定通りになることも多いのだ」。

 「戦争が起きるのはまず、利害の対立があるからだ。利害の対立があまりに大きくなり、戦った場合に生じる結果の方が、戦わなかった場合に生じる結果よりもマシだ、と判断した時、人間は戦争をする。長い時間が経過するうちには、必ずどこかでそんな利害の対立は起きる。いくら起きないようにと願っても、防ぐことはできない。平和が続くようにと願うだけでは、戦争は防げない。悲しいことではあるが、事実は事実だ」。

断章425

 わたしには疑問があった。

 「ブチャで虐殺の証拠を集めるべく調査している国際人権団体によると、目撃者の証言として『公開処刑』が行われていたといいます。広場に40人ほどの住民が集められた後、ロシア軍は5人の男性をひざまずかせ、そのうちの1人を後頭部から銃撃。その際、司令官は、こんな言葉を口にしていたというのです。ロシア軍司令官:『これは、汚れだ。我々は、汚れを清めに来た』」(2022/04/06 テレ朝ニュース)という報道を聞いたときだ。

 「我々は、汚れを清めに来た」だって? いったいどういう意味なのか?

 

 その疑問は、4月7日のZAIオンラインでの橘 玲(たちばな あきら)による、ティモシー・スナイダーの『自由なき世界:フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(慶應大学三田出版会)の紹介記事で解けた。有益な記事なので、長くなるが、再構成・引用したい。

 

 「プーチンによるウクライナへの全面侵攻を予測できた専門家はほとんどいなかったというが、歴史家のティモシー・スナイダーは間違いなく、その数少ない例外の一人に入るだろう。

 2014年、ロシアはクリミアを占拠し、ウクライナ東部のドンバス地方に侵攻したが、欧米諸国は限定的な経済制裁に止め、その4年後、ロシアはサッカー・ワールドカップを華々しく開催した。ヨーロッパ(とりわけドイツ)はロシアにエネルギー供給を依存し、中国の台頭に危機感を募らせたオバマ政権もロシアとの対立を望まなかった。

 『クリミアはソ連時代の地方行政区の都合でウクライナに所属することになっただけ』『ドンバス地方を占拠したのは民兵でロシア軍は関与していない』などの主張を受け入れ、『ロシアはそんなに悪くない』とすることは、誰にとっても都合がよかったのだ。

 だがスナイダーは、こうした容認論を強く批判した。プーチンのロシアは『ポストモダンファシズム(スキゾファシズム)』に変容しつつあるというのだ。(中略)

 スナイダーは、プーチンが行なっているのは歴史の改竄と国民の洗脳で、そこから必然的に『自由なき世界』が到来するのだと予見する。

 スナイダーによれば、現代のロシアを理解するうえでもっとも重要な思想家はイヴァン・イリインだという。ロシア以外ではほとんど知られていないこの人物は、1883年に貴族の家に生まれ、当時の知識層(インテリゲンチャ)の若者と同様にロシアの民主化と法の統治を願っていたが、1917年のロシア=ボリシェビキ革命ですべてを失い、国外追放の身となる。その結果、理想主義の若者は筋金入りの反革命主義者になり、ボリシェビキに対抗するには暴力的手段も辞さないという『キリスト教ロシア正教ファシズム』を提唱するようになった。

 イリインは忘れられたまま1954年にスイスで死んだが、その著作は、ソ連崩壊後のロシアで広く読まれるようになり、2005年にはプーチンによってその亡骸がモスクワに改葬された。プーチンは、『過去についての自分にとっての権威はイリインだ』と述べている。

 イリインの思想とはなんだろう。それをひと言でいうなら、『無垢なロシア(聖なるロシア)の復活』になる。イリインの世界観では、宇宙におけるただ一つの善とは『天地創造以前の神の完全性』だ。ところがこの『ただ一つの完全な真理』は、神がこの世界を創造したとき(すなわち神自身の手によって)打ち砕かれてしまった。こうして『歴史的な世界(経験世界)』が始まるのだが、それは最初から欠陥品だったのだ。

 イリインによれば、神は天地創造のさいに『官能の邪悪な本性』を解放するという過ちを犯し、その結果、人間は『性に突き動かされる存在』になった。性愛を知りエデンの園を追放されたことで、人間は存在そのものが『悪(イーブル)』になった。だとしたらわたしたちは、個々の人間として存在するのをやめなければならない。興味深いのは、イリインが1922年から38年までベルリンで精神分析を行なっていたことだ。この奇妙な神学には、明らかにフロイトの影響が見て取れる。

 人間が存在として悪だとしても、いかなる思想も自分自身を『絶対悪』として否定することはできない。イリインがこの矛盾から逃れるために夢想したのが、『無垢なロシア』だった。邪悪な革命政権(ソ連)を打倒しロシアが『聖性』を取り戻したとき、世界は(そして自分自身も)神聖なものとして救済されるのだ。

 イリインは、祖国(ロシア)とは生き物であり、『自然と精神の有機体』であり、『エデンの園にいる現在を持たない動物』だと考えた。細胞が肉体に属するかどうかを決めるのは細胞ではないのだから、ロシアという有機体に誰が属するかは個人が決めることではなかった。こうしてウクライナは、『ウクライナ人』が何を言おうとも、ロシアという有機体の一部とされた。(中略)

 イリインが唱えたのは『永遠に無垢なるロシア』という夢物語であり、『永遠に無垢なる救世主』という夢物語だ。こうして(仮想の)ロシアを神聖視してしまえば、現実世界で起きることはすべて『無垢なロシアに対する外の世界からの攻撃』か、もしくは『外からの脅威に対するロシアの正当な反応』でしかなくなる。イリイン的な世界では、『ロシアが悪事をなすわけはなく、ロシアに対してだけ悪事がなされるのだ。事実は重要ではないのだし、責任も消えてなくなってしまう』とスナイダーはいう。(中略)

 革命直後のレーニンらは、『自然が科学技術の発展を可能にし、科学技術が社会変革をもたらし、社会変革が革命を引き起こし、革命がユートピアを実現する』という科学的救済思想を唱えた。だがブレジネフの時代(1970年代)なると、欧米の自由主義経済に大きな差をつけられたソ連は、こうした救済の物語を維持するのが困難になってきた。

 ユートピアが消えたとしたら、そのあとの空白は郷愁の念で埋めるしかない。その結果、ソ連の教育は、『よりよい未来』について語るのではなく、第二次世界大戦(大祖国戦争)を歴史の最高到達点として、両親や祖父母たちの偉業を振り返るように指導するものに変わった。革命の物語が未来の必然性についてのものだとすれば、戦争の記憶は永遠の過去についてのものだ。この過去は、汚れなき犠牲でなければならなかった。

 この新しい世界観では、ソ連にとっての永遠の敵は退廃的な西側文化になった。1960年代と70年代に生まれたソ連市民は、『西側を“終わりなき脅威”とする過去への崇拝(カルト)のなかで育っていた』のだ。

 マルクス・レーニン主義とイリインの思想は合わせ鏡のような関係で、だからこそロシアのひとびとは、ソ連解体後の混乱のなかで、救世思想のこの新たなバージョンを抵抗なく受け入れることができたのだ。(中略)

 (引用者注:このイリインの思想にレフ・グルミョフの『ユーラシア主義』とアレクサンドル・ドゥーギンの『ロシア的ナチズム』が合流して、『ロシア・ファシズム』が生まれたとスナイダーは言う)

 プーチンは、2004年にウクライナEU加盟を支持し、それが実現すればロシアの経済的利益につながるだろうと述べたと、スナイダーは指摘する。EUの拡大は平和と繁栄の地域をロシア国境にまで広げるものだと語り、2008年にはプーチンNATOの首脳会談に出席している。ところが同年のジョージア(グルジア)侵攻が欧米から強く批判されると、一転して2010年には『ユーラシア関税同盟』を設立する。(中略)

 プーチンは、ウクライナについて、こう述べた。『我々は何世紀にもわたり共に暮らしてきた。最も恐るべき戦争にともに勝利を収めた。そしてこれからも共に暮らしていく。我々を分断しようとする者に告げる言葉は一つしかないのだ ―― そんな日は決して来ない』。

 こうした世界観・歴史観からは、クリミアやウクライナ東部の占拠だけでなく、今回の全面侵攻も『無垢なるロシア』を取り戻し、世界を救済し、神の完全性を復活させる壮大なプロジェクトの一部になる。

 そして今起きていることを見れば、スナイダーがこのすべてを予見していたことは間違いない」。

 

 ブチャには、他の兵隊よりも濃緑色の軍服を着た部隊がいたという。もし彼らが、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後継機関である連邦保安局(FSB)の軍部隊やプーチンの手駒である民間軍事会社ワグネルなら、プーチンと同じ世界観・歴史観武装しており、「無垢なるロシアを取り戻し、世界を救済する」ために、ウクライナの「汚れを清めに来た」と言っても不思議ではないのである。

断章424

 「キーウ近郊の村や町の20人以上へのインタビューに基づいたアムネスティ・インターナショナルの最新の報告書は、ロシア兵がウクライナで民間人を処刑したと断罪している。

 証言者には『ロシア軍による恐ろしい暴力を直接目撃した人々も含まれている』という。

 アムネスティ・インターナショナルのアニエス・カラマール事務局長は、『我々はロシア軍が処刑その他の不法な殺人を行ったという証拠を集めており、これは戦争犯罪の可能性が高く、調査されなければならない』と述べた。

 『ウクライナの非武装の市民が、言いようのない残酷さと衝撃的な残虐行為によって、自宅や路上で殺されているという証言がある』とカラマールは付け加えた」(2022/04/10 ビジネスインサイダー)。

 

 「諸君は、戦争には関心がない、と言うかもしれない。だが、戦争のほうは諸君に関心を持っているのだ」と、トロツキーは言った。

 「お気楽な日本のリベラルは、何であれ戦争には反対だ、と言うかもしれない。すると、オオカミは、赤い舌で唇をなめて、『じゃあ、君は抵抗しないんだね』と聞くだろう」と、わたしは言おう。

 

 「核を保有する(暴力的)現状変更勢力国、ロシア、中国、北朝鮮の3カ国に世界で唯一国境を接している日本の潜在的リスクは極めて大きい。ドイツに見られるように、これまでの政策の抜本的転換が必要である。同盟の強化、軍事力の整備・近代化とともにエネルギー安全保障・食糧安全保障などの体制再構築は急務である」(武者 陵司)。

断章423

 「ロシアの支配階級には、『他国からの侵略を防ぐことは難しく、これに対処する一番の方法は、逆にロシアの国境を拡大することだ』という深く染み込んだ恐怖と教訓がある。革命の前後を問わず、ロシアの対外政策に対する考え方がほぼリアリストのロジック(論理)に沿って動いていたのは当然である」(ジョン・J・ミアシャイマー)。

 

 だから、「脅威が存在すると認識していないなら、あまりにもおめでたい」(あるスウェーデン軍将校の言葉)。

 

 「今年3月、ノルウェー北部の沿岸に銃声と砲声が響き渡った。フィンランドスウェーデン両軍が初めて連合部隊を編成、北大西洋条約機構(NATO)と合同演習を実施した。両国ともNATOには加盟していない。演習はずっと前から決まっていたが、ロシアのウクライナ侵攻を背景とした欧州の緊迫感の高まりを象徴する形になった。(中略)

 フィンランドはロシアと国境を接し、その距離は1300キロに及ぶ。同国のニーニスト大統領は3月28日、Facebookへの投稿で、NATOのストルテンベルグ事務総長に新規加盟受け入れの諸原則と手続きの詳細を問い合わせたことを明らかにした。また、ハービスト外相はロイター対し、NATOに加盟する30カ国の『ほぼ全て』と新規加盟の可能性を議論したとし、4月半ばまでに議会へ必要事項を提出すると述べた。

 NATO事務総長・ストルテンベルグ氏は3月上旬、NATOウクライナで起きている戦争に関してフィンランドスウェーデン両国とあらゆる情報を共有していると発言。両国は定期的にNATOの会合にも出席しており、ストルテンベルグ氏は演習中、世界で両国ほど近しいパートナーはいないと話した。ただ、ストルテンベルグ氏は、『われわれが加盟国に提供する絶対的な安全保障は当然加盟国にしか適用されない』と述べ、非加盟の両国が置かれた重要な立場の違いを指摘した。つまり両国は、どの加盟国への攻撃もNATO全体への攻撃として対応する集団安全保障の網の目には入っていない。

 ロシアはこれまで、フィンランドスウェーデンNATO加盟には繰り返し反対しており、インタファクス通信によると、3月12日の外務省談話で、両国が加盟すれば『重大な軍事的、政治的結果を招く』と警告している。

 ストルテンベルク氏は、フィンランドスウェーデンが『速やかに』加盟することは可能との考えを示した。今年1月には、『プーチン氏はロシアと国境接するNATO加盟国が減ることを望んでいる。だが(現実には)彼がNATO加盟国を増やしつつあるのだ』と述べている。(中略)

 フィンランドソ連との戦争で約9万6,000人が死亡し、5万5,000人の子どもが父親を失った。ソ連への領土割譲で40万人余りが家をなくした。だが、フィンランド国民は頑強に抵抗する姿勢を示し、この戦争以降は強力な国防力を持ちつつ、ロシアとの友好関係を築くという明確な国家目標を定めてきた。同国は徴兵制を敷き、男女合わせて予備役はおよそ90万人。国際戦略研究所(I ISS)によると、欧州最大級の規模だ。(中略)

 ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、フィンランド国内では各地の予備役部隊、女性だけの予備機部隊に応募する人が増えている。応募した女性の一人のルーメさん(48)はイマトラ(注:ロシア国境に接する町)近郊の住民で『国民は祖国を守る意思を誰もが持っていると思う』と語った。

 フィンランドは食料、燃料、医薬品の国家的な緊急配給制度を持つ数少ない欧州諸国の一つ。第二次大戦以降、すべての主要な建物は地下シェルターを備えることが義務付けられ、全国5万4,000の施設に人口550万人のうち440万人を収容できる。NATO加盟支持者はここ1ヵ月で増加し、直近の世論調査で加盟賛成が62%、反対はわずか16%となった。治安当局は3月29日、フィンランドNATO加盟議論を快く思わないロシアが、世論操作や威嚇に動く事態に警戒すべきと注意を呼びかけた」(2022/04/04 ロイター通信)。

 

 フィンランドは、日本でも比較的よく紹介されてきた。たとえば、「有休消化100%、1人あたりのGDP日本の1.25倍、在宅勤務3割。2年連続で幸福度1位となったフィンランドは、仕事も休みも大切にする。ヘルシンキは、ワークライフバランスで世界1位となった。効率よく働くためにもしっかり休むフィンランド人は、仕事も、家庭も、趣味も、勉強も、すべてに貪欲。でも、睡眠は7時間半以上。やりたいことはやりつつも、ゆとりがある」(堀内 都喜子)という風に。

 

 だが今、わたしたちがフィンランドから学ぶべきは、そんな上辺のことではない。

 「今こそフィンランドの『SISU(シス)』という考え方を学ぶのにピッタリの時です。今回は、『SISU(シス)』とはどういう意味なのか、そしてどのように役立つのかを紹介していきましょう。(中略)

 1940年1月14日のニューヨーク・タイムズ紙の記事では、『SISU(シス):フィンランドを表す言葉』という見出しになっていました。そして『言葉というのは、他の言語にまったく同じ意味の単語があるとは限らないので、簡単には翻訳できない』とあります。(中略)

 この『SISU(シス)』という『行動志向の考え方』は、少なくとも500年以上根付いているもので、『毅然とした決意、強さ、勇敢さ、意志力、忍耐力、不屈の精神』というような意味になります。また、フィンランディア大学による『SISU(シス)』の説明もわかりやすいです。

 『SISU(シス)』とは、つかの間の勇敢さではなく、勇敢であり続ける能力のことです。十分に意味を伝える同じような単語はありません。フィンランド人やフィンランド人の気質を説明するもので、犠牲があってもやるべきことをやるという哲学を表しています。

 『SISU(シス)』とは、フィンランド人の持ち前の気質です。気骨、根性、根気、気力、忍耐、不屈などと言えるかもしれません。困難をしのぎ、最後までやり抜く、誠実さや高潔さの尺度です。『SISU(シス)』とは、過去の失敗から学び、勇気を持って前進する性質のことです。歯を食いしばって、戦いの犠牲をすべて払う気概です。つまり、信じられないようなことを数多く成し遂げる、フィンランド人を際立たせる、不屈の精神です」(2020/07/11 ライフハッカー日本語版)。

断章422

 「ドイツのメルケル前首相の軍事顧問を務めたエリッヒ・ファート氏は2日までに、オンラインで時事通信のインタビューに応じた。ロシア軍のウクライナ侵攻で、ドイツが『過度な平和主義の幻想から覚めた』と指摘。国防費が計画通り増額されれば世界2位となり、米国の戦術核兵器を自国に配備する『核共有』政策も堅持し続けるとの認識を示した」。

 「冷戦終結後、ドイツ最終規定条約で兵力の上限が設定され、その後に徴兵制も廃止された。さらに過去20年間は、米軍などとのアフガニスタンでの作戦に資源が集中した。今回の事態で自国防衛の必要性に直面したが、備えは全くなかった。

 計画通り国防費が国内総生産GDP)比2%に増えれば、米中に次ぐ世界3位となる。ただ、支出拡大だけでなく、平和への積極的行動や非常時に武器を取って戦う覚悟も必要だ。ドイツにはその準備がない。もちろん、力だけでなく外交も重要だ。

 両国(ドイツ・日本)とも第2次大戦で完全な敗北を喫した。ドイツで戦争はネガティブにしか語れず、現在も戦争を外交・安全保障の一部と捉える英米と全く異なる。残念ながら、暴力は過去も未来も外交の一手段だ。多くのドイツ人は目をつぶり、『世界は良い方向に向かっている』と考えてきたが、今は幻想から目が覚めた。(中略)

 軍備増強などは2014年のクリミア併合後に着手できたはずで、アフガン撤退もより早くすべきだったかもしれない。時間は失われた。しかし、それは現在の視点から過去を批判することだ」(2022/04/03 時事通信)。

 

 わたしは、日本もまた国防力増強・防衛産業強化を進めなければならないと思う。

 ところが、韓国・ハンギョレ新聞の東京特派員が、さっそく牽制球を投げてきた。

「(ウクライナ戦争で)日本政府が今年積極的に推進している『敵基地攻撃能力』の保有と国防予算の拡大には弾みがつくものとみられる。事実上の『先制攻撃』を意味する日本の敵基地攻撃は、中国と北朝鮮を想定しており、朝鮮半島に対する軍事的緊張感は大きくならざるを得ない」。

 韓国は、現在の視点から過去(の日本)を批判することが“習い性”の“官製民族主義”である。韓国メディアも、「反日」“官製民族主義”に染まっている。

 だから、このハンギョレ新聞・東京特派員も、「敵基地攻撃能力の保有は、事実上の先制攻撃を意味する」とこじつけるのである ―― おそらく「反日」同調者である日本の「左翼」インテリがまた尻馬に乗るだろう。

 

 では、韓国は、そんなにご立派なのか?

 たとえば、クラスター爆弾禁止条約。「クラスター爆弾は、コンテナの中に多いものは数百個の子爆弾を格納する構造の爆弾ですね。子爆弾が広範囲に広がり、その範囲にいる人々を無差別に殺傷することから、同禁止条約が2010年に発効しました。ただし、米国とロシア、中国、韓国は参加していません」。

 あるいは、武器輸出をみよう。「K9自走砲は韓国が独自の技術で開発した武器で、砲弾48発を搭載し、最大射程距離40キロまで発射することができる。文大統領が昨年12月にオーストラリアを訪問した際、オーストラリアと1兆900億ウォン(約1050億円)に達するK9自走砲の供給契約が締結されている。現在、7カ国に約630門を輸出している」。

 また、3月15日現在、「韓国政府はウクライナに対し1000万ドルの支援をしたことで、『我々もウクライナに支援した』と自画自賛」しているが、「日本政府は2億ドル(約231億円)もの大金を支援している。・・・日本国民からの寄付金もまた40億円(8日時点)を優に超えている」(現代ビジネス)。

 

【参考】

 「北朝鮮金正恩朝鮮労働党総書記の妹、金 与正党副部長と、軍事担当の朴 正天党書記は、韓国の徐 旭国防相北朝鮮への先制攻撃に言及したことを非難する2日付の談話をそれぞれ公表した。朝鮮中央通信が3日報じた。朴正天氏は、韓国が先制攻撃を含む軍事行動を取るなら、ソウルの主要目標と韓国軍を壊滅させるため軍事力を行使すると警告した」(2022/04/03 共同通信)。

断章421

 国際条約や国連決議など歯牙にもかけない国がある。世界は戦場である。隣国・ロシアは国益のためには戦争を躊躇しない国であると、銘記しなければならない。

 旧弊(昔からの悪い思想や制度、習慣など)に甘んじないで、〈国益〉〈国防〉のための新たな一歩を踏み出さなければ、次代に日本は無い。国防意識を毀損(きそん)する“空想的平和主義”には、「Say goodbye」である。

 

 

 大ロシア民族主義権威主義体制国家・ロシアでは、暗黒皇帝・スターリンKGBソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察)の血を引くプーチン大統領が、現代のピョートル大帝よろしく君臨する。そして、限りない資源と従順な国民を利用して21世紀の“帝国”を作ろうとしている。

 

 「ロシア連邦チェチェン共和国ラムザン・カディロフ首長は、3月21日、ロシア軍に包囲されたウクライナ南東部のマリウポリに到着したチェチェン共和国兵士の映像をSNSに投稿した。

 映像に添えて投稿されたテキストには『部隊は直接町を攻撃し、地区ごとに解放している』と記されており、『われわれは間もなくマリウポリウクライナから完全に解放するであろう』と主張した」(2022/03/22 AP通信)。

 

 先頃、ロシア・ソ連史を専門とする東北大東北アジア研究センターの寺山恭輔教授は、「現在、大きなメディアは全てプーチン政権の支配下にある。ロシアでは毎日のように夕方ごろから体制寄りの討論番組が放送される。大多数の国民は政権のプロパガンダしか見ることができない。間もなく自由なインターネットも遮断されるだろう」と言ったが、そうなった。

 デマとプロパガンダが振りまかれている。ラムザン・カディロフ首長たちは、“主観的には”、ネオナチのウクライナの“解放軍”のつもりでいるのだ。

 

【参考】

 ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。

 「リビウで町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、『行きたい』と答えた。

 でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、『そりゃ怖い』と。『でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること』『だから戦う』と言った。日本のどこかの評論家だかで、『ウクライナは白旗をあげたらいい』と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。なのに、『10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい』なんて馬鹿なことを言っている。

 このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます」(2022/03/13 AEREdot)。

 

【参考】

 「国際司法裁判所(ICJ)は、16日、ロシアに対し、ウクライナでの軍事行動を即時停止するよう命じる仮保全措置を出した。法的拘束力のある決定だが、ロシアはそもそもICJには管轄権がないと主張しており、武力行使を停止する可能性は低い。

 ロシアの侵攻が始まった直後の2月26日にウクライナがICJに提訴していた。ロシアは、親ロシア派が支配するウクライナ東部でジェノサイド(集団殺害)が起きていることを武力侵攻の理由にしているが、ICJは、これを否定するウクライナ側の主張を認めた。また、両国に対し、事態の解決をより困難にする行動をとらないようにも命じた」(2022/03/17 朝日新聞デジタル)。

 

 「国連総会(193カ国)は24日、ロシアのウクライナ侵攻をめぐる緊急特別会合で、深刻化する人道危機を『ロシアによる敵対行為の悲惨な結果』として遺憾の意を表明し、民間人保護などを求める米欧主導の人道決議案を140カ国の賛成多数で採択した。ロシアなど5カ国が反対し、中国やインドなど38カ国が棄権した。

 今回のウクライナ侵攻を受けた国連総会決議の採択は、2日のロシア非難決議に続き2回目。安保理決議と異なり法的拘束力はないが、141カ国が賛成した前回と同程度の支持が集まり、ロシアの国際的孤立を改めて浮き彫りにした。

 強い賛同を示す共同提案国は、日本を含む90カ国に上った。採決では、前回棄権したバングラデシュイラクなど4カ国が賛成に回ったが、ブルネイソマリアなど5カ国が、賛成から棄権や無投票となった。反対は前回と同じロシア、ベラルーシ北朝鮮、シリア、エリトリアだった」(2022/03/25 時事通信)。