断章14

 六ヶ月入院し、六ヶ月自宅で療養した。この時代の、この日本であったから生還できた、と思っている(戦前ならダメだっただろうし、後進貧乏国でもダメだっただろう)。

 

 当初、回復のめどが立たず、退職した。そして、失業手当と貯金の切り崩しで生活したのである。なぜなら、日本の二重構造の下層下位には、上層と異なり、休職中の給与は無いし退職金も無いのである。

 

 「公務員は休職中であっても給与が発生します。病気休暇の場合は3か月間であれば全額が発生し、それ以降は1年以内でおよそ8割の給与が発生します。その他の理由で休職した場合は原則給与の8割が与えられ、1年以上の休職になると給与は発生しない」(出所不詳)とは大違いなのである。

 

 「実業人が実業人として完成する為には、三つの段階を通らぬとダメだ。第一は長い闘病生活、第二は長い浪人生活、第三は長い投獄生活である。このうちの一つくらいは通らないと、実業人のはしくれにもならない」(電力の鬼・松永安左エ門)らしいが、図らずも、第一段階を経験させられたのである。

 

 みるみるうちに、なけなしの貯金が減っていく。

 みじめで厳しい生活のようだが、そういったことが当たり前の世界で暮らしてくれば、それほどひどくは感じられないのである。

 ただ、「このままでは行き止まりだ」と改めて確認したのである。何をなすべきか。

 え~い、「泣こよか、ひっ飛べ」と思った。

 

 「崖を前にして、グズグズ泣くよりも覚悟を決めて飛んでしまえ。転じて、困難に出会った時は、あれこれ考えず、とにかく行動しろというという、薩摩隼人の心構えというか思考法をあらわす言葉」(不詳氏)

 

 治った時、まず明るい1Kのアパートに転居した。

 次に、まったく別の仕事に挑戦することにしたのである。