断章96

 「動物王国」の下級国民、ウサギ女には妹がいる。ハムスター女である。つれあいは、ネズミ男である。ネズミ男は、金儲けの予感がするとヒゲが「ビビビ」と震えるが、実際に儲けたことがないので、いまだに下級国民であり下流老人のままである。

 ネズミ男が、「わが王国は、こんなことで大丈夫なのか!」と悲憤慷慨すれば、判で押したように「ごまめが歯ぎしりしても歯がすり減るだけだよ」と言い、ネズミ男が、「こんなに少ない年金で、我が家はこの先食っていけるのか?」と嘆けば、判で押したように「う~ん、なるようにしかならないね」と答えるのが、ハムスター女である。

 

 まだネズミ男が若かった頃の、「近代的大企業と前近代的零細企業が並存し、両者の間に資本集約度・生産性・賃金などに大きな格差があるような日本経済の二重構造」について書いたことがある。

 「あるコンビナートに大工場がある。本工は二重構造の上層である。但し、管理労働にたずさわる上位の平均年収が1000万円とすれば、現場労働にたずさわる下位の平均年収は750万円である。また、上層には現物給付があり、社宅があり、組合がある。

 大工場周辺や大工場内部の下請け労働者は、二重構造の下層上位であり、平均年収は400万円である。孫請けの労働者は、下層の下位であり、平均年収は300万円である。また、下層には現物給付が無く、社宅が無く、組合も無い。

 そして、単純な3K仕事をするのは、手配師に集められてきた日給8000円の日雇いである」(注:年収は現在にあわせて修正)。

 

 ところが今では、「900万人を超える、非正規労働者から成る階級以下の階層(アンダークラス)が誕生。男性は人口の3割が貧困から家庭を持つことができず、またひとり親世帯(約9割が母子世帯)に限った貧困率は50・8%にも達しています。すでに、膨大な貧困層が形成されているのです。

 人々はこうした格差の存在をはっきりと感じ、豊かな人々は豊かさを、貧しい人々は貧しさをそれぞれに自覚しながら日々を送っています。現在は『そこそこ上』の生活を享受できている中間層も、現在の地位を維持するのさえも難しく、その子供は『階層転落』の脅威に常にさらされている」。

 「子どもだけでなく、いま新中間階級の人たち自身が老後に転落する可能性もあります。退職金は減っているし、年金の水準も下がっていきます。よほどの大企業に定年まで勤めた人でなければアンダークラスに転落する可能性があります。いくらか貯金があっても大きな病気をしたら1千万円くらい簡単になくなります。

 もう一つ言いたいのは、格差の大きい社会とは不健康な社会であるということです。貧困に直面している人々だけでなく、それ以外の人びとにもさまざまな悪影響がある。

 格差の大きい社会ではストレスが高まり、病気になる確率が増える。犯罪に追いつめられる人が多いので、犯罪被害にあう確率も高まる。社会全体から連帯感が失われていき、助け合いによって問題解決する雰囲気がなくなります」(注:『新・日本の階級社会』を再構成)。

 

 しかし、わが下級国民姉妹は、言うのである。

 社会に「格差」があるのは、「へその緒の切りどころが違うのだから、仕方がない」と。

 「玉の輿に乗れるような美人ではなかったし、都会のお金持ちの娘でもないし、勉強ができたわけでもないのだから」と。

 「2009年の日経新聞での調査では、『年収800万円以上の人』の本代(月額購入費)は2910円。『年収400~800万円』が2557円。『400万円未満』が1914円。・・・読書量は、年収に正比例するという結果が出ている」(出口 汪)と言われても、「ふ~ん、そうなんだ」(ウサギ女)なのである。

 「格差」よりも姉妹にとって気になることは、割の良いパートの有無とポイント(カード)10倍デーなのである。

 

 「動物王国」では、「読書嫌い、勉強嫌い、学校嫌い」の子供が量産され、「勉強しないもの、勉強できないものは、ダメな奴、救いようのない者」という烙印を押す。「自分は努力しなかったし能力がないんだからしかたがない」と、下級国民に刷り込むのである。こんな教育でよいのだろうか?

 

【参考】

 ペドロ・バーニョスは、シルヴァン・ティムシットの「情報操作10の戦略」を紹介している。その9は、「自己非難の感情を強くさせる」である。「頭がよくないとか能力が低いとか努力が足りないといった欠点は、すべて自己の責任であると人々に思い込ませる。その結果、人々は抑うつ状態に陥る」ということである。