断章105

 「20世紀型の国際秩序は終焉し、主権国家が群雄割拠する時代に向かう。そんな見通しを示す報告書がロシアの保養地ソチで開かれた討論会で発表された。出席した米欧の学者や外交官らからも特に異論は出なかった(中略)

 報告書は、露政府系シンクタンクのヴァルダイ討論クラブがまとめた。討論会は9月末~10月初旬に開かれ、プーチン露大統領も出席した。(中略)

 報告書は、2度にわたる世界大戦の教訓から米国が主導して築いた世界秩序は、歴史的にはむしろ例外であり、『国際関係はアナーキー(無政府)な状態が自然だ』と指摘。米国が国際秩序を支える意思を弱め、興隆する中国が巨大経済圏構想『一帯一路』を通じて勢力圏を拡げる現状にあっては、20世紀型の国際秩序は『過去のものだ』と切り捨て、『独立した諸国がそれぞれに責任をもって行動する新ルールに取って代わられる』と主張した。

 ロシアも存在感を発揮できる新たな世界のあり方を提示した報告書といえる」(2019/11/07 産経新聞)。

 

 今はアメリカ睨みで蜜月の中国・ロシア間でも、2012年にはすでに、「中露間では、中国が資源を買って製品を売る事実上の植民地貿易、・・・中国によるロシア製兵器のコピー生産(と輸出)、中央アジアをめぐる主導権争い、中国人の極東シベリア不法滞在、中国軍増強など水面下の対立が進んでいる。何よりも、中国経済の飛躍で、中露の力関係は大きく変わり、昨年の中国の国内総生産GDP)はロシアの約4倍に達した。

 中国脅威論をしばしば報道するロシアの週刊紙『論拠と事実』は、『極東の中国人は10万-20万人とされるが、実際にはその何倍もいるとの見方がある。ウラジオストクの店に並ぶ野菜や果物は、中国人が近くのレンタル農地で栽培し、生産しているものだ。ウラジオストクのスポーツ通りの中国人街には、中国人が溢れている。極東経済は中国なしには成立しない。中国人はスーパーや店を買収し、放置された建物を修復し、中国人コルホーズを組織している。気づかれないうちに、中国人は全沿海地方を支配しているのだ』と書いた。

 ワレーリー・コロビン地政学センター所長は同紙(8月29日号)に寄稿し、『中国との領土問題は決着し、国境紛争の種はないとはいえ、極東からのロシア人流出と中国人流入は続く。中国人は人的ネットワークで市場や領土を支配する術を心得ている。極東の幾つかの地域では、中国人の人口が過半数に達している可能性もある。中国人は同化せず、家族を呼んで子供を産む』と述べ、『極東中国人自治区』が創設される可能性に警告した。

 ソ連崩壊時に800万人を超えた極東の人口は昨年の統計で626万人まで減少した。これに対し、隣接する中国東北部の人口は1億3000万人に達し、極東への流入が進む。

 プーチン大統領は『極東の外国人人口はまだ危険水域に達していない』としているが、中国人は極東の行政府幹部を買収し、ビザ取得や土地のレンタルを進めている。現状では、極東は中国経済に飲み込まれつつある」。

 「中国の新しい歴史教科書には、『極東の中国領150万平方キロが、不平等条約によって帝政ロシアに奪われた』との記述が登場した。中国はある日突然、ウラジオストクを『中国固有の領土』として返還を要求しかねない」(注:『フォーサイト』記事を再構成)という危惧が存在した。

 

 かつてアメリカと共に共産主義圏に対抗していた西ヨーロッパ。今ではドイツのアンゲラ・メルケル首相でさえ、ドイツメディアの取材に対して、「欧州各国は団結してロシア、中国、アメリカからの挑戦を受けて立たねばならない」と言い、「アメリカを、ロシア、中国と同列に並べたのだ。『同じ欧州の国といっても各国の利害はしばしば異なるのだから、団結するのは容易なことではない。それでもそうするしかない』」(2019/5月 ニューズウィーク日本語版)と言ったのである。

 

 主権国家が群雄割拠する時代。

 平和を求めるわたしたちは、第一に、平和と知恵の女神、アテーナー武装して鎧を纏(まと)った姿で生まれ、理知的で気高い戦士であったこと。

 第二に、「自分たちだけで祖国も利益も守れると考えて完全に孤立する民族はやがて、他国の影響力に圧倒されて消滅するだろう」(ビスマルク)ことを、忘れてはならないのである。

 

【参考】

 「トランプ政権で首席戦略官を務めたスティーブ・バノンは2019年4月25日に開かれた会議で、『米国の実業界は中国共産党のロビー機関であり、ウォール街は投資家向け広報部門だ』とまで痛烈に批判した(2019年4月26日付、ブルームバーグ)。しかしこれを背景にしながらも、議会では上下両院のほぼ全議員が法案(引用者注:アメリカの香港人権法)に賛成票を投じた。異様な光景としか言いようがない。日本共産党の一件(引用者注:日本共産党は香港問題で中国を批判した)と同じような不思議な出来事だ。

 少なくとも議員たちは、親中派と思われたくない、親中派と思われたらまずいと感じたのだろう。そういう事情があった。かりに直接であれ間接であれ、中国から何らかの利益を得ていたとしても、ここで法案に反対して親中派のレッテルを張られた場合の不利益や有害性がむしろ、中国絡みの利益をはるかに上回り、あるいは致命的であったりする。そうした事情があったのではないかと思われる。

 打算的なところは、イデオロギーに関係なく、米国の議員も日本共産党の政治家も共通しているわけだ。利害関係を天秤にかけて選択をするのは一種の本能である。中国共産党も然り。そもそも理念の共有も利益の共有も、永続的ではない。いざというときになれば、裏切られたりするものだ。(中略)

 『Pick a side』(どちらの側につくのかを決める)の時代である。中立や中庸はない」(2019/12/03 WEDGE Infinity・立花 聡)。

 

【補】

 「この先遠い未来に、中国がシベリアの大部分を支配下に治めることがあるかもしれない。しかしそれが実現するとしたら、原因はロシアの出生率の低下と、北へ向かう中国の移民の増加だろう。湿地のような西シベリア平原、つまり西はウラル山脈から東は1600キロ離れたエニセイ川のあいだのおもだった町には、すでに中華料理のレストランができ、それ以外のビジネスもどんどん流れ込んでいる。極東ロシアの人口が激減した過疎地は、まるで中国文化に支配されたかのようだ。いずれは政治的にも支配されるかもしれない」(『恐怖の地政学』 T・マーシャル)。