断章109

 「50年も歴史を書いていながらこうも平凡な結論にしか達せないのかと思うとがっかりするが、それは、自らの持てる力を活用できた国だけが勝ち残る、という一事である」。

 「日本にとって最も重要なことは、二度と負けないことである。勝たなくてもよいが、負けないことだ。今の日本が、国内外の問題は数多あるにせよ、他の先進国に比べて有利な点が三つある。政治が安定していること。失業率が低いこと。今のところにしろ、難民問題に悩まないですんでいること。この三つは、大変に重要なメリットである」。

 「それにしても、『自らの持てる力の活用』とは、もしかすると人間にとって最もむずかしい課題であるのかもしれない。だからこそ、歴史に登場した国の多くが、失敗してきたのではないか。ちなみに、持てる力とは広い意味の資源だから、天然資源にかぎらず人間や技術や歴史や文化等々のすべてであるのは当たり前。つまり、それらすべてを活用する『知恵』の有る無しが鍵、というわけです。わが祖国日本に願うのも、この一事である」(塩野七生『逆襲される文明』から)。

 

  「知恵」といえば、単純なわたしが思いつくのはユダヤ人である。

 2020年1月16日、アルファベットは、株式時価総額が米国企業として史上4社目の1兆ドル超えを果たした。それに先立つ2019年12月3日、ラリー・ペイジセルゲイ・ブリンは、アルファベットのCEO及び社長を正式に退任した。アルファベットは、グーグルの持ち株会社であり、彼ら二人はグーグルの共同創業者である。彼ら二人は、カール・マルクスアルバート・アインシュタインボブ・ディランと同じユダヤ人である(なお、ユダヤ帰還法では、ユダヤ人の母親から生まれた者、あるいは正式な手続きを経てユダヤ教に入信した者がユダヤ人である)。

 「ノーベル賞は、年に一度贈られる国際的な賞であり、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞は1901年に設けられ、経済学賞は1969年に設けられた。 ノーベル賞はこれまで800人を超える個人に贈られているが、その少なくとも20%がユダヤ人であり、ユダヤ人は6種類の賞すべてを受け取っている。ユダヤ人は世界の人口の0.2%以下を構成するに過ぎないに関わらずである」(WIKI)。

 しかも、ユダヤ人が1948年に建国したイスラエル(なお、日本はアジアで初めてイスラエルを承認した国である)は、四方をアラブ(イスラム)に囲まれた国である。

 核武装した「北朝鮮」、中国、ロシア、そして「反日」韓国と向き合わなければならない日本は、イスラエルから学ぶことがあるはずである。

 

 「イスラエルの若者の人間形成において、徴兵制度は決定的な意味をもっている。周囲を敵国に囲まれたイスラエルにとって『生存』こそが至上命題である。生存のためには、国防に『頭脳』を結集させなければならない。

 超正統派ユダヤ教信徒(注:この人々はイスラエルの人口の2割にもおよぶが、経済活動を一切せず、国から支給される生活費で、日々ユダヤ教の研究だけをおこなっている。しかも、その人口比は着実に増大している)やムスリムなどの例外を除くイスラエル人は、18歳になると男女共にイスラエル国防軍に徴兵され、男性3年、女性21~22カ月の兵役に就く。

 この兵役もイスラエルらしい合理性に基づいた運用がなされており、一律に同じ任務に就かせるのではなく、それぞれの任務に最適な人材の選抜がおこなわれる。選抜は、16歳から始まる。計量的心理テストと知能テスト、他に専門性が問われる分野については、そのためのテストがある。試験結果は陸海空の軍ごとに精査され、軍側から適材適所で若者をリクルートしていく。配属は軍が一方的にふるいにかけるというよりは学生側にいくつかの選択肢を与え、その中から希望の配属先を選べる形式になっている。

 軍での体験は、イスラエルの若者たちに大きな果実をもたらしてくれる。わずか18歳から19歳の若者が、徴兵を契機として、それまでの自由な生活から正反対の規則と規律を伴う集団生活に漬かることになる。若く頭の柔らかい段階で、国家の置かれている状況や危機意識といったものを、国防の最前線において肌で感じることができるのだ。また、国家の独立と存続と安全を、自らの奉仕と貢献でまもるという『自主独立』の精神が涵養されるのである。

 マイクロソフトイスラエル社の最高技術責任者(CTO)のヨラム・ヤーコブィ氏は、『イスラエルの企業家精神は、兵役期間中の軍の教育で涵養される』と断言する。『兵役で培ったことはその後の人生にとって、決定的な意味を持ちます。たとえば、上官の指示を盲信せず、自分で問題の本質をとらえ、独自に解決策を生みだしていく過程が、企業家精神に繋がるのです。』

 高校卒業したての若者が、兵役につくことで母国が置かれている国防の状況を実地で学ぶ。そこで大きな責任を与えられ、仲間と切磋琢磨する中で自主独立の精神を養い、自信を持って自立の道を歩む。また『同じ釜の飯』を食った同士で助け合う。

 ユダヤ人は『個』の強さを磨き、臆せず自己主張するように育てられるが、ネットワークを通じて助け合うことで、迫害を逃れてきた。そしてイスラエルの場合、兵役の2年~3年の間に、『個』のエゴを上回る『大義』に尽くすことの大切さを叩きこまれるのではないか。国防の現場で直面する難問を解決してゆくには、『個』の潜在力を思い切り発揮させると同時に、ライバルと競いつつも協力しあわなければならない。イスラエル人は、若くて頭の柔らかい段階で兵役につくことによって、『個』と『大義』の関係をあたかも縦糸と横糸のように編み上げる感覚を身につけているのかもしれない。

 最終的な目的は、国を守り、『生存』を図ることだ」(米山 伸郎『知立国家 イスラエル』を抜粋・再構成)。

 

 現在の日本で「徴兵制」は、ありえない。しかし、「国防」に対する国民の関心、関与を増大し、自衛隊に「国防軍」としての誇り、地位を確立し、その待遇や除隊後の処遇の改善に取り組む必要がある。

 さらに、「上官(上司)の指示を盲信せず、自分で問題の本質をとらえ、独自に解決策を生みだし」「『個』と『大義』の関係をあたかも縦糸と横糸のように編み上げる」ことができるようになる教育を、義務教育段階から実現しなければならない。