断章144

 「各国当局の発表に基づき日本時間1日午前4時にまとめた統計によると、世界の新型コロナウイルスによる死者数は23万309人に増加した」(2020/05/01 AFP)。

 

 「今、需給の極端なアンバランスが生じているのです。休業要請のために価値がマイナスになった事業に対しては、政府による補償が必要です。他方で、供給不足になっている財やサービスについては、政府による生産介入が必要です。なぜなら、全体としての生産能力には余裕があるからです。

 本来であれば、こうした調整は、価格によって行われます。ところが、あまりに急な変化なので、価格メカニズムによる調整が追いつかないのです。したがって、政府が介入して、生産パターンを変える必要があります。今の経済情勢は戦時と似ており、政府による物動計画や指令生産が必要とされる側面があるのです。

 実際アメリカでは、トランプ大統領が、3月27日、ゼネラル・モーターズ(GM)に対し、人工呼吸器の生産を命令しました。これは、1950年の朝鮮戦争下に成立した『国防生産法』に基づくものです。

 日本では、『新型インフルエンザ等対策特別措置法』によって、次のようなことは可能です。

・臨時の医療施設を開設するために土地・建物を使用できる。

・企業などに医薬品や食品など物資の売り渡しを『要請』できる。

・医薬品や食料品の生産、販売、輸送業者らへの売り渡しの要請が可能。

・いずれについても、同意が得られない場合は強制的に『収用』できます。

 しかし、日本の場合には、『生産命令』はできません。したがって、日本では、『要請』ということになるでしょう。

 厚生労働省は、人工呼吸器の増産のための規制緩和や協力要請を呼びかけています。ソニーが生産協力を検討しています。

 労働力についても、政府の介入が必要です。

 旅行、観光、航空などの分野で労働力が余って失業が発生し、他方で、医療で深刻な労働力不足が生じています。そこで、規制を緩和し、政府が介入して、緊急で労働力を再配置することが望ましいのです。いま、オリンピックの準備に、貴重な資源と労働力が投入されています。これを、医療など緊急に必要な分野に振り向けることができないものでしょうか? 

 オリンピック関連施設、イベント施設などの緊急利用ができないでしょうか?

 ただし、政府が資源配分に直接に介入するために不可欠なのは、政府が正しい判断と指導力を持つことです。

 これら以外にも、官庁への不要不急の規制や届け出などのために割かれている人員は、コロナ対処のために投入されるといった判断が求められると言えそうです」(2020/04/26 東洋経済・野口 悠紀雄を再構成)。

 

 悠長なことは言っておられないと、中野剛志は言う。

 「中野剛志は、ロイターとのインタビューで、新型コロナウイルスによる『恐慌』を乗り越えるには国内総生産GDP)の5割を超える大規模な財政出動が必要で、政府が重要産業に資本を注入するなど社会主義的な措置が求められるとの見方を示した。感染拡大期が主要各国より遅れて訪れた日本は終息のタイミングも後ずれし、先に経済活動を正常化させた中国や韓国に市場を奪われる恐れがあるとの見通しも示した。

 政治経済思想を専門とする中野氏は、政府がいくら借金しても破たんしないとして積極的な財政出動を唱える経済理論、『現代貨幣理論(MMT)』をいち早く日本に紹介したことで知られる。(中略)

 『特に中国、韓国、台湾が先に生産活動を再開し、余剰の製品を安い価格で大量に輸出するだろうから、さらなるデフレ圧力が加わる』と予想した。中野氏はこれを『恐慌』と表現し、『政府支出を空前の規模で拡大する以外にない。GDPに占める政府支出の比率を5割以上、あるいは6割以上にしてでも、事業を継続させ、雇用を維持する必要がある』と語った。さらに、労働者の給与を財政から直接支払うほか、政府が雇用を拡大、医療物資の生産・調達を主導し、重要産業へ資本を注入する必要性も出てくるとした。中野は、『もはや社会主義と言ってよい。しかし、イデオロギー上の好悪を超えて、一時的に社会主義化しないと、このコロナ恐慌は到底、克服できない』と述べた。(中略)

 中野は、『コロナ危機後の世界秩序は、コロナ危機の下で社会主義化を決断し、実行した国が生き残り、社会主義化できなかった国が凋落する』と述べた」(2020/04/29 ロイター通信)。

 驚くほどの発言ではない。1920年代にも種々あった発言のようでもある。つまり、こうした見解は、戦時や経済危機に際しては、つねに発想されることであるのだろう。

 

 アメリカ・FRBの「パウエル議長はコロナ禍で疲弊した経済を前に、信用の流れを保つことは経済ダメージを軽減するために不可欠とし、今は政府債務を懸念する場面ではなく、財政の力を活用する時期であるとも言い切った」情勢である。

 しかも、MMT理論とやらに依拠すれば、何でもできそうに思える。しかし、この世の事柄を解決するのに、魔法の杖があるはずがない。見かけ上で、国家や中央銀行には無尽蔵のリソースがあるように見えるだけだ。

 

 「コロナ禍で世界は中国型の国家資本主義(社会主義)に向かっている。資本主義の危機と同時に民主主義の危機も到来している。ゼロ金利下でいくらでも債務を積み上げ、それを返す必要がないというMMT理論はいわゆる学者の机上の理論であり、現実には機能しないだろう。いまや不良債権のゴミ箱と化した中央銀行が相場の主役となっているが、ここから3年以内に取り返しのつかない金融システムの破綻を迎えるだろう」(石原 順)という見解に、わたしは同意する。