断章148

 失くしてみて、その有り難さ、大切さが身に染みるもの。ひとつは電気(電力)である。

 100年前の1920年ロシア革命の指導者であったレーニンゴエルロ計画(国家電化計画)を作成したが、その際、「共産主義とは、ソビエト権力に全国的電化を加えたものである」と述べた。この言葉は、電力が一国の経済社会の発展に最も重要な役割を果たすエネルギーであることを的確に予見したものとして広く知られている ―― 世界大百科。

 

 「新型コロナウイルスの感染が港湾周辺での事業継続にも影を落とすなか、日本の隠れた停電リスクが浮上してきた。発電燃料の4割を依存する液化天然ガスLNG)は、全量を中東や東南アジアなどから船で輸入。長期保存に向かないことから備蓄量は2週間分にすぎない」(2020/04/23 日本経済新聞)。サプライチェーン寸断による危機である。

 

 それでなくとも、日本の電気(電力)インフラのうち、送電設備(送電塔)の老朽化が進んでおり倒れやすくなっている。なので、2019年9月の台風15号による千葉県の大規模停電は、ピーク時に約64万軒に及び、自然災害では東日本大震災以降で最大だった。

 

 「台風15号による大規模な停電は関東南部で10日も続き、千葉市などでは復旧が11日にずれ込んだ。冷蔵庫やエアコンが使えず、生活に与える影響は大きい。気温が上昇しており、熱中症リスクも高い。・・・『仕事にならない』『食材がなくなる』。被災住民の訴えは切実だ。・・・『パソコンやファクスが使えず、冷房もない。仕事にならない』。(中略)

 コンビニエンスストアには『営業中止』の張り紙が掲げられ、飲食店はシャッターを下ろした。・・・マンション駐車場が停電で車を出せない会社員の男性は区役所で給水を受けた『この暑さで、水を歩いて運ぶのは大変』とこぼした。

 情報収集や連絡に欠かせないスマートフォンも電気が必要だ。充電用に電源車を用意した富里市役所には10日、多くの人が詰めかけ、冷房が使えない役所内でうちわを手に順番を待った。充電できるまで1時間半待ったという高校1年の染谷竜士さんは、『昨晩からスマホの電源が切れ、友達と連絡が取れないし、電車の運行情報を調べるのも大変だった』という。

 『牛が暑さで死んでしまうのでは』。千葉北部酪農農業協同組合の担当者は危機感を強める。停電が続く県南部は酪農が盛んな地域。乳用牛は暑さに弱く、夏場は扇風機を回している。東日本大震災をきっかけに自家発電機を備える酪農家は増えたが、停電でまかなえる電力量の限界が近づく。・・・県畜産課によると、電話がつながらず被害情報の収集も難航している。

 学校や医療機関への影響も甚大だ。木更津市の公立保育園は10日朝から給食の食材納入業者とのやりとりに追われた。11日以降の給食の見通しが立たない。・・・小中学校は10日も千葉県内で3分の1にあたる442校が休校し、105校が授業を短縮した。

 千葉県によると、県内で停電した病院は70病院。9日未明に停電し自家発電設備を持たない西佐倉印西病院に入院中だった男性患者の死亡が9日朝に確認された(引用者注:停電が続くと、人工呼吸器や透析機が使えなくなる)」(2019/09/10の日本経済新聞を要約)。

 

 必要なことは、電力インフラの再整備・強靭化だけでなく、新たな電気(電力)技術の研究・開発の推進であろう。例えば、太陽電池であり、常温超電導であり、新型火力発電であり、小型原子炉などである。

 

 「ガリウムヒ素(GaAs)系の超高効率太陽電池はこれまで、変換効率は現在主流のシリコン(Si)系太陽電池の2倍近くと高い。しかし、製造コストが高価なため、人工衛星など限られた用途にしか使われていなかった。今、コストを200分の1に低減する技術開発が進展している。街乗り用電気自動車(EV)が必要とするエネルギーの大半を太陽電池で賄(まかな)えるなど、エネルギー問題のゲームチェンジャーになりそうだ。1日数10キロの街乗りであれば太陽電池だけでEVが走る──。そんな世界の到来が急速に現実味を帯びてきた。(中略)

 一般に日本の自家乗用車の走行距離は、国土交通省の04年の調査で1日平均約29キロ。15年のソニー損害保険の調査でも、自家乗用車の6割は1日平均19キロしか走っていない。こうしたクルマは、2~3日のうち1日晴天であれば、超高効率太陽電池の発電分で走行に必要な電力の大半を賄えることになる。

 しかしこれまで普及していないのには理由がある。GaAs系太陽電池の価格が非常に高いのである。価格は1ワット当たり約5000~2万円。一方、大規模太陽光発電システム(メガソーラー)などに用いられているSi系太陽電池は同50円前後であることから、実に100~400倍になる。乗用車1台に実装する1キロワット分のGaAs系太陽電池セルは、500万~2000万円する計算だ。(中略)

 それでも最近になって、大量の太陽電池を貼り付けたクルマの試作が増えてきたのには、このコストの高い壁を大幅に低減する技術開発が進んでいることがある。それを推進するのは、米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)や日本のNEDOだ(引用者注:当然、中韓も全力推進中である)。

 NRELは既存のGaAs系太陽電池のコストを100分の1にするロードマップ、日本のNEDOは200分の1にするロードマップをそれぞれ描いている。仮にコストが200分の1になれば、発電単価はSi系太陽電池に並ぶ水準となる。すると変換効率の高さが大きな強みとなり、Si系太陽電池の大部分がGaAs系に置き換わる可能性も出てくる。同面積であれば、発電出力はSi系の1.5~2倍となり、世界や日本のエネルギー問題の軽減に大きく寄与することにもなる」(2019/12/25 日本経済新聞)。

 

 電気(電力)を喪失したときの不便さも、喉元過ぎれば熱さを忘れる。折々に思い出し、次に《備え》なければならない。

 

【補】

 「台風15号の大規模停電に伴う断水は、日本の水道事業が直面している危機を改めて浮き彫りにした。全国の水道施設の6割は自家発電装置を備えておらず、停電に無防備な状態だ。人口減などによって各地の事業体の経営は厳しさを増し、災害対策どころか老朽設備の更新さえ滞っている」(2019/9/20 日本経済新聞)。

 

【参考】

 「日本の石炭火力の技術はずいぶん進歩しています。昔のようにCO2を丸出しにしているわけではない。例えば、瀬戸内海の大崎上島にある石炭火力発電の実証試験発電所を訪れたことがあります。そこで行われていたのは石炭ガス化複合発電と呼ばれるもので、石炭から可燃性ガスを作ってガスタービンを回し、その熱を利用して蒸気タービンを回し、さらに石炭ガスから水素ガスを分離して燃料電池の燃料にするらしい。これが実用化すれば、発電効率は55%以上改善し、CO2排出量も30%削減できるそうです」(宮家 邦彦)。

 

【参考】

 「なぜ今、小型原子炉が見直されたのか?

  非常時に動的冷却装置が必要な原子炉は津波に襲われて全停電になると、崩壊熱が出続けるので事故になる懸念がある。そのため2重、3重に全停電防止対策を取り入れ、さらに冷却が出来なかった場合に備えてフィルターベントの設置まで義務付けられることになった。

 これに対し小型炉は殆どの場合、炉心が小さいため全停電になっても空気の自然対流で炉心を冷却出来るという高い安全性がある。

 だから全停電を防止する安全対策が不要である。新規制基準で定められた2重、3重の全停電防止対策が不要だし万一に備えたフィルターベントも要らない。

 これまで大型炉に対するハンディキャップだったスケール・デメリットが逆に大きなメリットになった。これが将来炉として小型原子炉が脚光を浴びている理由である」。

 

【参考】

 「2018年の北海道地震の際には色々なことが明らかになった。電気が止まるとポンプで屋上に水を汲み上げている水道も止まったり、『オール電化の悲劇』があちこちで起こったりした。また、もし救急車や消防車まで電気自動車になれば、大惨劇になるということが広く知られるようになった。

 さらに、キャッシュレス派で1円も現金を使わない生活をしていた人々は、停電でキャッシュレス決済用の機器が動かないため耐乏生活を強いられた。

 現代は、『鉄器時代』ならぬ『電気時代』だが、あまりにも電気に頼りすぎて脆弱である。実際、『電気時代』が到来する前の1859年と同じ規模の大規模太陽嵐が起こったら、現代文明は壊滅状態になるとも言われる。

 それだけではない。現金ならば、手元に持っている以上のものは失わないが、ネット上ですべてのものに『つながっている』オンライン口座に不正アクセスされたら、全財産を奪われて、さらには多額の借金を押し付けられるかもしれない。

 実は『つながっている』ことが、現在の経済・社会の最大の弱点」(2020/4/2 現代ビジネス・大原 浩)だという見解もある。