断章158

 「ソフトバンクグループ傘下の英半導体設計大手アームは、中国の合弁会社のアレン・ウー最高経営責任者(CEO)が解任されたと発表した。利益相反の開示を怠るなど不適切な行為が確認されたためだ。これに対し、合弁会社側はウー氏の解任を否定しており、説明が食い違っている。経営を巡り内部対立が深まっている可能性がある。

 アームは9日、中国の合弁会社であるアーム・チャイナの取締役会がウー氏の解任を賛成多数で決め、2人の共同CEOを暫定で任命したと発表した。アームによると、ウー氏は『従業員規則に反し、利益相反の開示を怠るなど深刻な不適切行為』が確認された。

 だがアーム・チャイナは10日に、SNS(交流サイト)上で反対声明を発表。『アーム・チャイナは中国の法律に基づき登記された独立した会社であり、ウー氏は職務を続ける。全ての業務は通常通りで、中国の顧客企業にサービスを提供する』と説明した。

 取締役会で決まったトップ人事を巡って認識が食い違うのは異例だ。アーム・チャイナの内部や株主間で対立が深まっている可能性がある。

 アームはモバイル機器向けプロセッサーの中核を担う『コア』の設計情報で世界シェアの9割超を握る。ソフトバンクグループが2016年に約3兆円で買収した。アームは中国に100%子会社を持っていたが、18年に51%を現地企業に売却した。中国投資(CIC)やシルクロード基金など政府系ファンドが実質株主となっている。

 アームには中国での商習慣に対応して巨大市場を攻める狙いがあった。だが売却先が中国政府系であったことから、技術流出の可能性などを念頭に当時、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)が懸念を示していたとされる。

 アーム・チャイナの主要顧客は通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)傘下の半導体メーカー、海思半導体(ハイシリコン)だ。同社はアームの技術を基に、CPU(中央演算処理装置)を開発している」(2020/06/11 日本経済新聞)。

 

 些細な出来事のように見える。しかし、これまで報じられてきた数々の事柄と照らし合わせて見れば、中国共産党の行動様式が見えてくる。すなわち、利益誘導で外資を引き込み、或いは合弁会社を作らせ、技術や生産ノウハウを学び吸収し、やがて徐々に中国共産党支配下に置いていくのである。あるいは、有望そうなIT系民営企業に対しては支援を惜しまずに育て上げ、丸々と太らせてから食ってしまうのである。

 

 例えば、「欧州の大手企業10数社の幹部が7月末に北京で会合を開いた際のテーマは、現地で活動する外資系企業に中国共産党が干渉を強めていることに対する懸念だった。事情に詳しい3人の人物が明らかにした。

 中国社会全体を通じた党の役割強化を目指す習近平国家主席の取り組みは、同国における外資系企業の活動にまで及んでおり、その結果として突きつけられる要求に対して、こうした企業の幹部からは不満の声が聞こえてくる。

 中国でビジネスを行ううえで、社内に党関連組織が存在することは長年にわたる慣例だった。国営英字紙チャイナ・デイリーが先月報じたところによれば、同国の民間企業約186万社のうち、70%近くには党組織が存在する。

 中国で活動する企業は、外資系を含め、法律で社内に党組織を設立することが求められているが、長年にわたり、多くの企業幹部はこの規則は形式的なものに過ぎず、特に懸念する必要はないと考えていた。

 上述の会合に参加した企業に属する上級幹部は、一部の企業では、中国国営企業との合弁事業について、事業運営や投資判断に関する最終的な決定権を党に与えるよう、契約条件の改訂を求める『政治的圧力』を受けている、とロイターに語った。

 同幹部によれば、現地の合弁パートナーから、党の当局者を『事業経営組織に参加』させ、『党組織の諸経費を企業の予算に含める』こと、さらには取締役会長と党書記のポストに同一人物が就くことを義務付ける文言を盛り込むよう合弁契約の修正を求められているという。

 合弁契約の条件の改訂は大きな懸案事項となっており、今のところ彼の企業では改訂に抵抗しているという。『企業統治に党が食い込んできたら、直接的な権利を握られることになる』と同幹部は懸念する。

 共産党の広報官室を兼ねる国務院新聞弁公室(SCIO)は、合弁事業や外資企業の通常の事業活動に対する党組織からの介入は一切ない、とファックスでロイターに宛てた声明で述べた。

 ただし、『企業内の党組織は一般に、事業経営周辺の活動を担っており、関連する国家指導原理や政策の迅速な理解、あらゆる関係当事者の利害調整、内部紛争の解決、人材の導入や育成、企業文化の指導、そして協調的な労使関係の構築を支援している』と付け加えた。

 『党組織は企業内で広く歓迎されている』とSCIOは述べた。

 ロイターがインタビューを行った13人の企業幹部(所属企業はすべて異なる)のうち、8人が党からの要求増大に懸念を示すか、党組織による活動の拡大を指摘。党との関係という厄介なテーマゆえに、いずれも、自身の名前や企業名を伏せることを条件に取材に応じている。

 また、ロイターが問い合わせを行った多国籍企業大手20社のうち、中国事業部内に党組織が存在することを認めたのは、韓国のサムスン電子フィンランドノキアNOKA.HEのみだった。大半の企業はこの件に関する質問に回答を控えた。

 ドイツの医薬品・化学大手バイエルのみが、在中国EU商工会議所による冒頭の会合に参加したことを認めたが、協議の内容についてはコメントを拒んでいる。

 EU商工会議所北京支部ゼネラルマネジャー兼広報担当ディレクターであるカール・ヘイワード氏は、今回の会合の目的は『党組織が合弁事業のガバナンスに公式に組み込まれたかどうか、会員から確認する』ことだったと認めた。

 『このような内容の政策変更が公式にあったとは認識していない。そうした変更は海外からの中国投資を抑止する要因になると見込まれるからだ』とヘイワード氏は言う。

 習政権のもとで、中国共産党は『(国営企業における党リーダーシップの)弱体化や希薄化、空洞化、周縁化』への対処を進めていると党機関紙・人民日報は6月報じている。

 同記事は、国営石油大手の中国石油化工(シノペック)の関係者の言葉として、同社が合弁事業のパートナーであるすべての外国企業に対し『社内の党組織構築に関する(定款上の)規定を具体的に示す』よう求めたと伝えている。

 外資系企業内でも党組織を拡大するという計画は、ここ数十年にわたって密かな懸念となっていたものの、そのような目標に向けた『本格的なテコ入れ』が行われたのは、習政権下が初めてだ、と調査機関コンファレンスボードの中国経済ビジネスセンター(北京)で中国共産党の研究を行っているジュード・ブランシェット氏は語る。

 中国国営企業との合弁を通じて現地で活動する大手外資企業はかなりの数に上る。こうした企業が所属する業界団体によれば、加盟企業は、中国側パートナーに技術を公開するか、さもなければ市場アクセスを失うリスクを強要されることについて不満を抱いているという。

 香港証券取引所に上場している中国国営企業の多くは今年、社内の党組織に明確な役割を与える方向で定款の改定を行った。

 中国南部で合弁事業を営む欧州大手メーカーの中国担当幹部は、昨年、社内の党組織が業務時間外に会社の施設を使って会合を開くことを容認したと話している。

 党組織はこうした会合に対する時間外給与の支給を求めたが、これについては会社側が却下した。だがその後、党組織は会社側に対し、もっと多くの党員を雇用するよう要求し、投資決定への介入も試みたという。

 『そこは“立ち入り禁止”区域だとその時通告した。彼らが投資決定についてまで協議しているとは予想していなかった』とこの幹部はロイターに語った。

 米大手消費財メーカーで中国における販売・マーケティングを担当する幹部によれば、社内での党組織は動きを活発化しており、地方政府が投資を奨励している地区に新たな施設を建設するよう求め、会社はそのように行動したという」(2017/08/30 ロイター通信)。

 

 「ちょうど1年前、彼は電撃的に引退を宣言した。表明前に馬氏は、アリババの一角で、世界最大のスマートフォン決済『アリペイ』について、中国政府に『いつでも差し上げる用意がある』などと発言していたが、その真意は分からなかった。

 今年に入り、馬氏の発言の背景が、中国の知人からもたらされた情報で明らかになった。知人によると、中国の国務院資産監督管理委員会の幹部が6月、馬氏と面談し、アリババと国有企業の連携を促した、という。

 この事実関係については『中国央企新聞網』の報道もあり、知人の話は間違いない。

 つまり、中国政府がアリババを、管理下に収めようと圧力をかけ続けていたのではないか、と推測される。

 退任宣言も彼のささやかな抵抗の意思表示であった。馬氏が引退を公表したのは2018年9月10日。11月26日の『人民日報』では、馬氏が共産党員であることをわざわざ公表していた。つまり『逃げられないぞ』という警告であった。

 今年9月の引退後、人民日報公式ネット『人民網』に、ある評論が掲載された。『アリババの成功は個人のリーダーシップではない』と力説し、公に馬氏の個人的な成功を否定するような内容だった。

 それだけではない。9月21日の中国地方政府の公式サイト『浙江在綫』に気になる報道が出た。杭州市政府は、100人の幹部をアリババをはじめ100社の民営企業に派遣するという。これは50年前のように『公私合営(中国で資本主義から社会主義への過渡的経済制度としてとられた国家資本主義の高級形態)』の始まり、と見られている。

 従って、馬氏の退任は突然のできごとではなかったことが理解できよう。それは、国務院資産監督管理委員会の幹部が馬氏とわざわざ面談したことを見れば分かるだろう。

 面談の際の報道を見ると、『央企プラスインターネット』や『混改』などの言葉が目につく。『混改』とは『混合所有制改革』の略で、2015年に中国政府が押し出した新しい国有企業改革の政策である。

 その狙いは中国国有企業と民営企業資本の再分配だとみられる。つまり活力のある民営企業は政府企業と統合させ、老化した政府企業に活力を与える。政策は2016年に本格化し、中国政府が着実に推進している。

 中国政府が、私有制をなくそうといううわさが流れ、不動産業界をはじめ、中国民営企業家たちの怪死事件や資産の海外移転事件も増えた。

 『央企プラスインターネット』は国有企業『混改』政策モデルの一つで、中央直属企業が民営ネット企業との強い連携を通して、人工知能(Ai)やビッグデータなどの分野で世界一の企業を目指すという。もちろん世界一になったのは政府企業で、民営企業はノウハウだけを出せばよいとの形だ。 

 アリババはその政策を実行する、格好な標的になったようだ。18年5月、中国政府はアリペイを取り上げ、アリババのネット賃貸業務も管理下においた。

 馬氏は圧力を受け続けていたのだろう。彼は15年のダボス会議で『中国政府とは結婚しない』と発言し、それ以前の13年には『絶対に中国政府とビジネスをしないのだ』と公言していたにもかかわらず…。

 馬氏が退任させられた原因はもう一つある。彼の退任後、一つのリストが秘密裏に流れてきた。なんとアリババが14年に米国で株式上場したときに掲載された株主のリストだ。

 筆頭株主とみられるのは、江沢民国家主席の息子、ほかに温家宝元首相の息子、劉雲山・元党政治局常務委員の息子らで、すべて世間に名前が知られた、紅二代(共産党革命に参加した高級幹部の子弟)ばかりだ。

 もちろん株主名簿に実名は記載されていないが、詳細に分析すれば、全部彼らが要職に就いている会社名で、容易に想像がつく。

 馬氏の退任直後にこれが流出された狙いはたった一つで、彼は『江沢民派』の人だから退任させられたのだということだ。人々が知らないうちに中国民営企業の国有化が着実に進められていることは、中国経済が計画経済に回帰していることを意味する。中国民営企業のトップたちは、馬氏のような『退任』に追い込まれるのではないか、と戦々恐々としている」(2019年11月13日 共同通信・龍 評)。

 ―― 引用者注:ソフトバンクグループは、本年2020年5月18日になって、この中国共産党員・アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)が、同社の取締役を退任することを発表した。6月25日に開催予定の定時株主総会で正式に決定するという。

 

 「高度な技術力が要求される半導体分野においては、中国が一朝一夕に日本や欧米、台湾に追いつくことはできないだろう。それでも必要と判断すれば、国策企業に莫大な資金をつぎ込む中国の手法は、ディスプレーや電池など様々な分野の勢力図を短期間で塗り替えてきた。

 異なる行動原理で動く国や企業(引用者注:中国や中国企業)といかに向き合っていくのか。各国が『自給自足』の意向を強めるコロナ後の世界経済において、さらに重要なテーマとなる」(日経ビジネス電子版2020年5月7日・広岡延隆の記事から抜粋)。