断章164

 「私たちの近縁であるチンパンジーはたいてい、数十頭で小さな群れを成して暮らしている。彼らは親密な関係を結び、いっしょに狩りをし、力を合わせてヒヒやチーターや敵対するチンパンジーたちと戦う。彼らの社会構造は階層的になる傾向がある。最も有力なチンパンジー(ほぼ確実にオス)は『アルファオス』と呼ばれる。他のオスやメスは、うなり声を上げながらアルファオスの前で頭を下げて服従の意思を示す。人間界で、臣下が王の前でひれ伏すのによく似ている。アルファオスは、自分の群れの中で社会的調和を保とうと懸命に努力する。喧嘩が起こると、割って入って暴力を止める。だが、みなが特別に欲しがるような食べ物を独占したり、位の低いオスたちがメスと交尾するのを妨げたりといった、思いやりに欠ける面もある」(ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』)。

 

 現生人類の、現代世界の「アルファオス」を狙っている中国(共産党)は、チンパンジーには出来っこない“検閲”という“芸当”を駆使している。

 

 以下は、『クーリエ・ジャポン』(2020/3/20)からの引用である。

 ―― 世界全体で売上部数250万部を超えた異例の経済書21世紀の資本』が映画となって3月20日から日本で公開される(予定)。原作者のトマ・ピケティが映画公開に先立ってパリで催された試写会・トークイベントに登場し、新型コロナウイルスや中国における検閲、米国の政治状況について語った。

 「今回の危機がきっかけとなり、新しい世代を中心に社会の変革が始まる可能性はあると思います。新しい世代には、経済システムを変える必要があるという意識を持つ人が増えてきていますからね。

 でも、単に『社会を変えよう』と声を上げるだけでは何も起こりません。社会を変えたかったら、いまの経済システムの代わりに、どんなシステムを作るのかを言わなければなりません」

 「私的所有権をどのように考え直すのか。会社の経営をどのように変えるのか。GDPの最大化に代わる経済の目標を何にするのか。そういったことを具体的に言っていかなければ、現在のシステムを乗り越えていけません」(トマ・ピケティ)。

 ―― ピケティ自身は、資本主義に代わって、どのような経済システムを据えるのがいいと考えているのだろうか。その構想が書き込まれているのが、昨年9月にフランスで出版されたピケティの新著『資本とイデオロギー』だ。前著『21世紀の資本』と同じく分厚い本であり、前著がマルクスの『資本論』に対応するとすれば、新著はマルクスの『ドイツ・イデオロギー』に対応するとのことだ。

 残念なことに、この本の中国語版は台湾と香港でしか売り出されない。前著のときは中国で60万部が売れ、ピケティがテレビのゴールデンタイムでジャック・マーと対談したのとは対照的である。

 ピケティは前述のトークイベントでこう語った。

 「中国はこの本を恐れたようです。検閲しようとしました。『この本には共産主義社会とポスト共産主義社会についての一章がありますが、そこが気に入りません。削除してください』と言われたんです。

 私は中国モデルには懐疑的ですが、習近平への批判が、ドナルド・トランプやジャン=クロード・ユンケルへの批判より強かったわけではありません。

 検閲には応じませんでした。この一件が、中国の体制がどの方向に進んでいるのかを示しています」。

 

【補】

 「中国政府から米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズに、『4つのZoom(ズーム)会議が計画されている。中国では違法行為だ。ミーティングとホストのアカウントを停止してくれ』という要請が寄せられたのは、5月から6月初旬にかけてのことだった。

 中国政府が民主化を求める学生運動を弾圧した天安門事件が起きたのは1989年6月4日。複数の団体が天安門事件関連のオンライン会議を実施しようとしていた。ズームはこのうち、中国本土からの参加者が確認された3つの会議をアカウント停止などにより中止させた。中国当局言論統制要求を、中国本土外にいる主催者や参加者にも適用したことになる。(中略)

 日本も無縁ではない。5月末にはドワンゴが提供するニコニコ生放送における全国人民代表大会全人代、国会に相当)閉幕直後の李克強(リー・クォーチャン)首相の記者会見中継で、『天安門事件』や『くまのプーさん』といった用語が書き込み禁止になった。くまのプーさんは、習近平(シー・ジンピン)国家主席を揶揄(やゆ)する隠語とされる。配信の主体となった中国企業が禁止用語を設定したものとみられ、日本国内に向けたサービスでも中国流の検閲が実施されたことになる」(2020/6/23 日経ビジネス電子版記事から)。