断章318

 サルの尻は赤い。この真っ赤で目立つ尻は、発情期を表す性的アピールとしての役割をもっている。四足歩行のサルのオスの強さや元気さは、目線の高さにある尻に現わされ、最も赤い尻こそエネルギッシュで元気な証拠として、オス同士の争いでも優位に立ちやすいとされている(クジャクのオスは大きく鮮やかな飾り羽を持ち、それを扇状に開いてメスを誘う)。

 

 直立二足歩行をするようになったヒトのオンナでは、「サルにおいてあれほど有効であった〈後方に向かう性の信号〉はもはや意味をなさない。しかし、何らかの信号は不可欠であり、しかもそれは前方へ向かって発せられねばならなかった。そこで尻と性器のコピーを体の前面に作った。尻のコピーは大きな乳房で、発情した性器のコピーは、赤くめだつ唇で・・・」(『人間についての寓話』)という見解がある。

 

 単純に、「赤い唇は若さと健康の象徴」なのだという見解もある。だとしても、「人は見た目で他人のことを判断しています。『人を見た目で判断してはいけない』とよくいわれるのは、それだけ見た目で判断していることの裏返し。たしかに、じっくりと関係を築いていかなければ、相手のことは理解できません。ですが、最初にどんなふうに相手に接していいかを間違えば、関係を築くことすらできないわけです。それは、恋愛のように繁殖のパートナーを探すことでも同じ。さまざまな目で見てわかる情報を利用して、相手のことを知ろうとします。その意味で唇は、相手の年齢や健康状態を探る、重要な視覚情報」(マイナビ)なのだから、“繁殖”と関係しているのである。

 

 「赤いふっくら唇が魅力的だ」と聞く ―― 「チンパンジーのメスは発情が来るとお尻のピンクのところがプーッと腫れます。なので、お尻が腫れているメスは『モテ期』になります」(よこはま動物園・ズーラシア)と同じなのである。

 「若い男と女がまずキスで始めるのは、まねごとで2人の関係を確認していることになる。コクマルガラスというヨーロッパ産のカラスのメスは、交尾の姿勢を真似ることによってオスの求愛を受け入れて婚約する。人間の女は〈唇を許す〉ことによってyesを表現するのと、どこが違うのであろうか?」(日高 敏隆)。