断章413

 空想的平和主義にまどろむ日本の偽善的な自称「知識人」リベラル、たとえば、鳥越 俊太郎は、ウクライナ大統領の国会演説が報じられるや急にエキサイトして、おのれが国民代表であるかのような顔で反対した。たちまちネット民から“旧悪”をほじくられ、「ロシアのウクライナ侵攻はレイプではないのか?」と、からかわれている(鳥越 俊太郎のセクハラをめぐる報道と訴訟の結果はWikiを参考のこと)。

 鳥越 俊太郎は、2016年東京都知事選挙への出馬表明 ―― 民進党日本共産党社会民主党生活の党と山本太郎となかまたち新社会党緑の党グリーンズジャパン、東京・生活者ネットワークなどの推薦で立候補 ―― では、「私は昭和15年の生まれです。終戦の時20歳でした。もちろん空襲も覚えてます。防空壕に逃げ込んだこともよく記憶しております。

 したがって、戦争を知る最後の世代として、そして戦後昭和21年に小学校に入りましたので、戦後第一期生として、戦後の平和と民主主義の教育のなかで育ってきた第一期生として」、憲法改正には反対する旨のことを述べた。

 ところが、当時76歳の鳥越 俊太郎が、終戦時に20歳ということは、ありえない。作り話をしてまで、おのれの空想的平和主義をひけらかしたのである。

 

 日本のお気楽で偽善的な自称「知識人」リベラルは、スペイン内戦に参加した国際義勇軍の爪の垢を煎じて飲むべきである。

 「スペイン内戦での国際義勇軍とは? 1936~38年、スペイン市民戦争において人民戦線政府を支援するために各国から参加した義勇兵

 1936年7月、スペイン共和国人民戦線政府に対するフランコ将軍の反乱宣言から始まった反乱は、モロッコムーア人部隊とドイツ・イタリア軍の支援を受けてスペインの本土の約半分を制圧し、首都マドリードに迫った。共和国政府は各国に対し軍事支援を要請したが、イギリス・フランスは不干渉政策を決定し、介入を拒否した。しかしイギリス・フランスなどの国内では、ファシズムの脅威を感じ、正当に選ばれた政府が残虐な暴力で倒され、自由や人権が奪われようとしていることに同情と支援の声も強まった。イギリスでは法律で外国の軍隊に加わることが禁止されていたので、個人の資格でスペインに密航して義勇兵として政府側の民兵に加わるものも多くなった。彼らは国際義勇兵や医療部隊として国別または言語別に組織された。イギリス人の「トム=マン百人隊」、フランス人とベルギー人の「パリ大隊」、ドイツ人の「テールマン大隊」などであった。その他、アメリカ人、イタリア人、ユーゴスラヴィア人、ハンガリー人、カナダ人などの国際義勇軍部隊が編成された。それらの総数は正確な数字はわからなが、55カ国、約4万名に及んでいた」。

 「1936年はナチスドイツの威信をかけたベルリンオリンピックが開催された年であった。ファシズムに反対する労働者は、ナチス・オリンピックに対抗して、7月20日からバルセロナで『労働者オリンピアード』を開催しようと集まった。その開催予定日に内戦が始まったため、開催できなかったが、その参加者でそのままスペインにとどまって義勇兵となった人も少なくない。女流画家のフェリシア=ブラウンもその一人で、8月25日にスペイン東北部のアラゴン戦線で頭を射貫かれ、イギリス人義勇兵の最初の戦死者となった」(以上、『世界史の窓』から)。

 

【参考】

 「ウクライナからの避難民への救援物資をタクシーでポーランドに届け、空になった車で避難民をスペインに連れてこようと立ち上がったマドリードのタクシー運転手たち。14日に約30台のタクシーでマドリードを出発していたが、17日、約5000キロの旅を終え、133人の難民とともに無事マドリードに戻った。

 マドリードでは、ウクライナ語で『ようこそ』と書かれた横断幕が掲げられ、沿道には大勢の市民が出迎えた。到着した難民の中には涙を流す人も。往復40時間に及ぶ旅は、タクシーの運転手が自ら企画。総額およそ650万円の費用は、運転手の自費と寄付金で賄われた。 ホセ・マリア・ペレスさんは、約5000キロの道のりを運転し、難民を迎えに行った。

 ボランティアのタクシー運転手・ペレスさん。『ワルシャワで一夜を過ごし、次の夜からこの計画で最も美しく、困難な部分を行った。困難だった理由、それは彼らのつらい体験を聞いたからだ。多くの人が助けを必要とし、多くの人が救いの手を差し伸べていることに本当に心を動かされた』。スペインをはじめ欧州全域で、ウクライナからの難民を支援しようという動きが広がっている。ワルシャワ近郊のナダジンに着くと、運転手たちは救援物資をタクシーから降ろして、マドリードまで難民を乗せていくスペースを確保した。

 午前1時過ぎ、タクシーの車列はマドリード中心部のサンアントン教会に到着。NGO団体の運営者でもある神父の出迎えを受けた。2月24日のロシア侵攻以来、スペインでは約4500人のウクライナ人が難民として登録されているが、同国の移民相は実際の数はこれよりも多いと見ている」(2022/03/18 ロイター通信)。

 

【参考】

 「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐり、世界各国から多くの『義勇兵』がウクライナに集まり、ロシアと戦っています。そのなかに日本人が含まれている可能性が出てきました。MBSウクライナに入ったと主張する男性と連絡を取り、その心の内を取材しました。なぜあえて危険を犯す判断をしたのでしょうか。(中略)

 2年間の軍務を経験したとも話している『日本人義勇兵』とされるこの男性。MBSの記者がツイッターなどをもとに連絡をとったところ、男性は20代だといいます。送られてきた写真では、男性が装備品やヘルメットを身にまとい、胸にはウクライナ軍の認識票が確認できます。男性はウクライナ入りした理由や今の状況を次のように記していました。

<男性から送られてきたメッセージ>

 「現在、我々はウクライナ義勇軍に参加しています。そして現在日本人は3人いますが、3人とも軍務経験があり、それぞれ専門を持っています。今のところ現地では医療訓練を主にした戦闘訓練を行っております。我々がなぜここに来たのか、理由としては、難民などの報道を見て、彼らを助けたい一心で来ました」。(中略)

 「現地に平和と安全が戻り、子どもたちが日常を取り戻すために、我々は覚悟を持って全力で最後まで戦って参ります」(2022/03/18 MBSNEWS)。