断章426

 「人間が戦争をするのは、愚かだからでも、過去に学んでいないからでもない。戦争がいかに悲惨なものかは誰もが知っており、したいと望む人間はいない。戦争をするのはその必要に迫られるからだ。戦争するよう現実に強制されるのである」。

 「武力による問題解決はヨーロッパでは時代遅れになったという考え方は誤りである。それは幻想でしかない。過去においても幻想だったし、これからもそうであり続けるだろう」。ジョージ・フリードマンは、2015年刊行の『ヨーロッパ炎上、新・100年予測』でそう言った(以下、著作の一部の再構成・紹介)。

 「ロシアは西の緩衝地帯を再建しようとしている」。

 「主な焦点となるのはウクライナである。バルト三国EUNATOに加盟した今は、ウクライナをどうするかが東西両側にとって問題になる。ここでの紛争がどこから始まったのかについては、見方が分かれている。西側の主張では、大統領の腐敗と圧政に対して民衆が暴動を起こしたのがきっかけということになる。ロシア側は、合法的に選ばれたヤヌコーヴィチ大統領(引用者注:親ロシア)が、アメリカやヨーロッパの手先の暴徒によって追放されたのがきっかけだと主張する。

 どちらが真実かは大した問題ではない。真の理由はウクライナの地理的位置にあるからだ。ウクライナは、ロシアにとっては南の緩衝地帯になり得る国である。この国がヨーロッパ大陸の側についてしまえば、ヨーロッパの勢力圏からヴォルゴグラードまでは300キロメートルほどの距離に縮まってしまう。ヴォルゴグラードソ連時代にはスターリングラードと呼ばれ、第二次世界大戦中にソ連が死力を尽くし多くの犠牲者を出して守った場所だ。ウクライナNATOに加盟するようなことがあれば、NATO第二次世界大戦中のヒトラーとほぼ同じところまで進出して来ることになる。バルト三国ウクライナに挟まれるベラルーシも、そうなると西側についてしまうのは時間の問題だ。ロシア寄りの現政権がいつまでも続くわけではない。かつてのロシア帝国ソ連の時代には、国境からかなり東に入ったところにあったスモレンスクも、西側と直に対峙する場所ということになってしまう。ヨーロッパ大陸は全体が仮想敵の手に渡る」。

 「ヨーロッパとアメリカは、緩衝地帯の必要そのものを否定し、ロシアに考え方の変更を求めるだろう」。

 しかしながら、「国の意図が短い間に簡単に変わり得るということをロシア人はよく知っている。ヨーロッパもアメリカも現段階では悪意などないのかもしれない。しかし、国の意図も能力も本当に短期間で変わってしまうのだということをロシア人は歴史から学んでいた。ドイツは1932年の時点では弱い国だった。政治的にも分裂していて、軍事力などないに等しかった。ところが、1938年にはヨーロッパ大陸でも最高の軍事大国になっていたのである。国の意図も能力も、まさしくめまいがするような速度で変わっていった」。

 「ロシア人は、1941年6月22日、ドイツがソ連に侵攻を開始した日に受けた衝撃から抜け出せていない。彼らには安心するということができない。安心だと思っていると、いつか幻想を打ち砕かれるかもしれないと恐れるからだ」。

 「ロシア人にはその時の記憶や、19世紀のクリミア戦争の記憶もあった。彼らは必ず最悪を想定する。そして、現実が最悪の想定通りになることも多いのだ」。

 「戦争が起きるのはまず、利害の対立があるからだ。利害の対立があまりに大きくなり、戦った場合に生じる結果の方が、戦わなかった場合に生じる結果よりもマシだ、と判断した時、人間は戦争をする。長い時間が経過するうちには、必ずどこかでそんな利害の対立は起きる。いくら起きないようにと願っても、防ぐことはできない。平和が続くようにと願うだけでは、戦争は防げない。悲しいことではあるが、事実は事実だ」。