皇帝ダース・プーチンと大ロシア民族主義のロシアが脅威であることは、周知のことだった。ファントム・メナス(見えざる脅威)だったのではない。脅威が存在しないかのように目を閉じてきたのだ ―― 日本のお花畑思考のリベラルのように。
2016年に出版された『地政学で読む世界覇権2030』で、ピーター・ゼイハンは、「本書の執筆時点では、ロシアはすでに伝統的な『マイノリティ保護』という口実を設けてクリミアを奪い取り、ウクライナ東部の蜂起を促している。経済的、政治的、軍事的な圧力を交互にかけてウクライナ国家を弱体化させる間に、ロシアはカフカス、ベラルーシ、カザフスタンという、西側諸国の関心がはるかに低い地域に照準を合わせるだろう。これらの地域の平定後、ロシアはウクライナに関心を戻し、ロシア系住民の多い東部と南部の『助けを求める声』に応じて『救援』活動を始めるに違いない。また(もちろん活発な宣伝活動を行ったうえでの)ウクライナ西部の軍事侵攻も必要になる。そして最後にくるのが最もハードルの高い挑戦であり、EU/NATO加盟国であるポーランド、ルーマニア、バルト三国がターゲットとなる」と予測した。
ロシアにはウクライナにこだわる理由がある。ピーター・ゼイハンは、次のように述べている。
「・ウクライナは旧ソ連の小麦生産地帯では唯一の最も生産性の高い土地(最も南に位置し、最も安定的な降雨がある)に位置している。ロシアの労働力と資本の不足が深刻化するにつれて、最も低投入・高収益方の土地を支配する意味はますます大きくなるだろう。
・ウクライナはモルドバとともにベッサラビアの開口部を構成している。この開口部を支配下に置けば、今後国力を回復するトルコがロシアの中心部をうかがうことは不可能になるだろう。
・ウクライナにはロシア国外では最大の数のロシア民族が住んでいる(クリミア半島をウクライナの一部でなく、ロシアの一部とみなした場合でもこれは正しい)。したがって彼らをロシアに編入すれば、(引用者注:現在のロシアの急激な人口減少による)国家の終焉をさらに数年先延ばしできるだろう。
・ウクライナ東部の産業基盤は、ロシアの産業基盤のすぐ近くに位置している。したがって両者を統合すれば、ロシア経済全体の数年の延命につながるだろう。
・ロシアがヨーロッパに向けて輸出する原油と天然ガスの半分近くがウクライナ国内を通過する。したがってウクライナに対して政治的影響力を行使できれば、その意味は財政的利益に劣らず大きい。
・モスクワからウクライナの国境まではわずか480キロメートルの平坦な地が続くため、ウクライナは ―― 控えめに見ても ―― 緩衝地帯として役に立つ。
・旧ソ連の唯一の航行可能な川であるドニエプル川はウクライナ領内を南に向かって流れている。そのためウクライナは黒海、マルマラ海、そしてその先の世界と経済的に統合されている。この川のおかげで、ウクライナはおそらくホルドランドで最も資本が豊かな国であるうえ、ロシアから完全に独立して運命を切り開くことのできる唯一の国でもある。しかしロシアにはこれを許す余裕はない。
・ドニエプル川の河口に位置するクリミア半島には、ロシアの数少ない不凍港である軍港セヴァストポリがある。クリミア半島とセヴァストポリがロシアの支配下にある限り、ウクライナは経済的に完全に独立することができず、トルコをはじめとする海洋国も黒海を支配できない。ロシアの影響力拡大の動きは2014年前半にクリミアで始まった。それがこの地で終わることはないだろう」。