断章445

 日本共産党は、その党によって、またその党のためにのみ生きている職業的活動家(専従・常任)を基幹とする、党中央への官僚的忠誠・服従を求める政党である。それは、今なおスターリン主義の“無謬神話”を堅持しており、おのれに都合の悪い事柄を忘却の淵へと落とし込む。

日本共産党は、旧・ソ連が、すでに1947年には“社会主義国家”ユーゴスラヴィアを脅迫し、東欧“衛星国”のユーゴ寄りとみなした人びとを処刑し、1953年ベルリン、1956ポズナニ1956年プダペスト、1968プラハ1970年および19801982年のポーランドなどの労働者反乱を無慈悲に弾圧し、さらに1969年にはダマンスキー島の領有権をめぐって“社会主義国家”中国と軍事衝突しても、旧・ソ連を“社会主義国家”だと認めつづけた。

党員たちは、この過去から目をそむけ、過去の隠ぺいに手を貸している。

 佐藤 優は、「反知性主義とは、実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」だと定義する。

 この意味では、日本共産党は、紛う方なき(まごうかたなき)「反知性主義」である。

 

 「おのれに都合の悪い事柄を忘却の淵へと落とし込む」と批判されても、日本共産党は気にしない。なぜなら、共産主義者は「必要とあらば、いかなる戦略をも用い、策略を弄し、非合法的方法を採用し、時として真理をおおいかくすすべを心得ていなければならない」(レーニン)というメンタル(信念)をもつからである。党が、若くてナイーブで善意の人びとをつかまえるためには何でもありなのだ。

 

 日本の社会には、やらずぶったくり(慈善活動・ボランティアが少ない)や古臭い縁故主義がはびこっている。なので、若くてナイーブで善意の人びとは、日本共産党や「左翼」インテリの、「この世の搾取と収奪、抑圧と差別、格差と疎外は、すべて“資本主義”が原因」あるいは「あなたが苦しんでいるのは“アベノミクス”のせいですよ」というキャンペーンにだまされやすい。

 しかし、実は、搾取と収奪、抑圧と差別、格差と疎外は、“資本主義”に特有のものではないのだし、“アベノミクス”も安倍元首相の専売特許の政策ではない。歴史をさかのぼり、世界に視野を広げれば、そのことは明らかである。

 

 「ロシア10月革命後、社会主義に向かっての偉大な前進が始まった」という共産党の美しい言葉・プロパガンダは虚偽であった。わたしたちは、1918年「ロシア憲法制定議会の解散」や1921年「クロンシュタットの反乱」にまで立ち戻って考察しなければならない。

 

【参考】

192131日、クロンシュタットの水兵と市民は、非共産党諸党派の活動の自由などを要求する決議を15,000人の大集会で採択し、翌日臨時革命委員会を結成し、『ボリシェビキなきソビエト』のスローガンを掲げて決起した。

 『ボリシェビキは、クロンシュタットの人びとを白色将軍に率いられた反革命謀反者として非難した。この非難が、根拠のないものであったことは、明らかになっている』(アイザック・ドイッチャー)

 当時、ロシア共産党(ボ)政治局員の一人でペトログラードソビエト議長だったジノヴィエフは、ただちにクロンシュタットに軍を送り、鎮圧しようとしたが、赤軍の兵士が反乱軍に同情して攻撃命令を拒否すると命令に従わない兵士を形だけの裁判で銃殺。さらに、督戦隊が兵士の傍に付き添い『戦闘中に逃亡した兵士は射殺する』と命令した。

激戦のすえに318日これを制圧した。反乱側の約8,000人はフィンランドに脱出したが、死者600人、負傷者1,000人を出し、2,500人が投獄された。政府軍側でも合計約1万人の死傷者と行方不明者を出した」(Wikipediaコトバンクなどを再構成)。