断章451

 わたしは、元肉体労働者、前商売人です。人生の前半は、おおむね、地べたをはいずり回り、人生の後半では、少しお空を飛んだこともあります。今は貧乏なネトウヨにすぎません。

 貧しい日本、バブルの日本、停滞の日本とともに歩んできました。人生のモットーも、「山よりでっかい獅子(シシ)は出ぬ」から「生きて生き抜き、戦って戦い抜け」へ、やがて「死ぬこと以外カスリ傷」に、ついには「死んでもイノチがありますように」へと変遷したのです。

 戦後のユース・バルジ ―― 人口ピラミッドで、「若年層(ユース)」が、「バルジのように膨らんでいる」状態を指す ―― のひとり、要するに戦後ベビーブーム世代です。今はつらくても、今日は苦しくても、精進すれば、かならず輝く明日が来ると思っていました。

 「つま先で立っているバレリーナトウシューズに血がにじむ」と言いますが、この世界、この社会では、「血と汗と涙をいとわぬ者が勝利する」(クラウゼビッツ)と思ってきたのです。収支の結果をみると、まだまだ精進が足りなかったようです。

 

 ですから、お坊ちゃん(大事に育てられて世事にうといこと。また、そのような男性)学者やお嬢ちゃんインテリが、“マルクス主義者”だと自称している(斎藤某?)などと聞けば、失笑してしまいます。

 Wikipediaによれば、「マルクス主義とは、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスによって展開された思想をベースとして確立された社会主義思想体系の一つである。マルクス主義は、資本を社会の共有財産に変えることによって、労働者が資本を増殖するためだけに生きるという賃労働の悲惨な性質を廃止し、階級のない協同社会をめざすとしている」とあります。

 しかし、マルクス主義とは、お坊ちゃん学者やインテリお嬢ちゃんが食いつきやすい、この内容にとどまるものではありません。

 マルクスが『資本論』第1巻を刊行後、さらにパリ・コミューン普仏戦争後に自治政府を宣言した1871年のパリのコミューン) ―― 3万人にのぼるといわれる戦死者を出し、生き残った者は次々と逮捕され、狭い監獄にすし詰めに投獄されたのち放置され、初夏の暑さで弱った者から順次処刑され、裁判により370人が死刑となり、410人が強制労働、4000人が要塞禁固、3500人が遠方の海外領土に流刑となった ―― の敗北後に書いた『フランスの内乱』をふまえて、1875年の全ドイツ労働者協会(ラサール派)と社会主義労働者党(アイゼナハ派)がドイツのゴータ市で合同大会を開いて採択した綱領への批判である「ドイツ労働者党綱領評注」を無視することはできないのです。

 そこでマルクスが力説していることは、「資本主義社会と共産主義社会の間には、前者から後者への革命的転化の時期がある。この時期にはまた、政治的な過渡期が対応しており、この時期の国家はプロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない」ということです。

 それは、流血のパリ・コミューンからマルクスが学んだ教訓であり、革命においても「血と汗と涙をいとわぬ者が勝利する」という、お坊ちゃん学者やインテリお嬢ちゃんにとっての“不都合な真実”(彼らにとって都合が悪い本当のこと)なのです。