断章454

 世界は不条理に満ち、理不尽があふれ、人間は非合理だ。自然災害、事件・事故、病気、奸計、裏切り、間違い・勘違いが無くなることはない。

 

 「エドモン・ダンテス(のちのモンテクリスト伯)は、素朴な船乗りの青年で、愛する女性と婚約し幸せな日々を送っていたが、ある日無実の罪をでっちあげられ、自分では状況が理解できないままに、恋人と引き裂かれるようにして、監獄に送られてしまう。

 送りこまれた先は『誰ひとりとして生きて出た者はいない』という監獄で、薄暗く不潔な獄中で次第に生きる気力さえ失い、ついには食事を絶ち、餓死寸前の状態に陥る。だが何のめぐりあわせか、獄中で賢者のごとき神父と交流できたことで、自分の身に降りかかったことのカラクリや罠にはめた者たちが誰だったのか理解できるようになり、復讐への強い想いがダンテスを生き延びさせる。14年にもおよぶ獄中生活に耐えた後、(チャンスをつかみ、勇気を奮って)脱獄に成功する。すでに投獄から14年の月日が過ぎ、20歳前だった彼は34歳になっていた」(Wikipedia)。

 モンテクリスト伯は、この長い物語の最後で、若い二人にあてた手紙にこう書いた。

 「この世には、幸福もあり、不幸もあり、ただ在るものは、一つの状態と他の状態との比較にすぎないということなのです。きわめて大きな不幸を経験したもののみ、きわめて大きな幸福を感じることができるのです。生きることのいかに楽しいかを知るためには、一度死を思ってみることが必要です。(中略)

 そして、主が、人間に将来のことまでわかるようにさせてくださるであろうその日まで、人間の慧智はすべて次の言葉に尽きることをお忘れにならずに。

 待て、しかして希望せよ!」。

 

 けれども、コミュニズムファシズム(ナチズム)というおぞましい赤色全体主義と黒色全体主義の悲惨を舐めつくした後の21世紀になっても、なお「コミュニズム社会主義)」を担ぎプロパガンダする「マルクス主義者」・「スターリン主義者」・インテリたちを目にする時、わたしは、言いたい。

 「待て、しかして希望せよ!」ではなく、「学び、しかして希望せよ!」と。

 というのは、わたしのようなドシロウトの独学者は、エドモン・ダンテスに「各種の言語や知識、不撓不屈の精神に至るまで、自らのすべてを教えた」ファリア神父のようなメンター(助言を与え相談に乗ることを通じて成長を促す人物)、あるいはジェダイ・マスター(ヨーダ)と出会うことは至難の業である。

 にもかかわらず、生物学・動物行動学・人類学・歴史学政治学・経済学・軍事学・失敗学・認知科学などなどをコツコツ学ぶことなくしては、今なお「コミュニズム社会主義)」を担ぎプロパガンダしている日本共産党や「左翼」インテリたちと戦うことはできないからである。

 

【参考】

 マルクス主義は、それ以前の社会主義を「空想的社会主義」と批判し、史的唯物論剰余価値論による「科学的社会主義」を対置して、社会主義社会の到来を歴史の必然と主張した。1848年や1871年などの革命の経験から、議会制民主主義はブルジョワ民主主義に他ならないとして、社会主義革命とプロレタリアート独裁がコミュニズムに至る関門であるという思想である。

 マルクス・レーニン主義とは、社会主義革命としてのロシア10月革命は、職業革命家によって構成された軍隊的規律を持つ「前衛党」の指導によって勝利できた、と主張する思想である。核心は、「前衛党を建設せよ。さらば世界を変えることができる」にある(注:富士フィルムのCMの方がより本質を突いている)。

 スターリン主義とは、「社会主義とは、大企業の国有化、農業の集団化、計画経済による強行的工業化であり、ソ連は“社会主義国家”になった」というドグマを唱えた、「特権的党官僚の、特権的党官僚による、特権的党官僚のための赤色全体主義」である。 ―― 上記のドグマを信じプロパガンダしつづけた日本共産党は、選挙での票目当てのためにするスターリン個人への悪罵にもかかわらず、まぎれもないスターリン主義政党である。