断章465

 19世紀の大混乱・大波乱・大変化からは、マルクス主義コミュニズム)が生れた。マルクス主義コミュニズム)は、「いまの世界と自分はこれでいいのかという煩悶(はんもん)を感じる人々に、歴史のなかで進むべき道を見失った人々に、人生の意味を提供した。さらに、強固な信念の持ち主には大きな心の安らぎ ―― “同志共同体” ―― という恩恵さえ提供したのであった」(『幻想の過去』解説を再構成)。

 「では、そうした人は、いまの世界のどこがいけないと感じたのか? いうまでもなく『腹黒いブルジョワ』の支配である。金儲(かねもう)けしか眼中にないブルジョワに対する憎悪というのは万国共通である」(同上)。

 

 「第一次世界大戦後の大混乱・大波乱・大変化からは、ボリシェヴィズムとファシズムが生まれた。これが第二次世界大戦を用意した。

 この二つはブルジョワ憎悪で共通しているだけでなく、革命、党、人民(国民)の名による独裁などの“用語”の使用において相似形をなしていた。しかも両者は、相互依存関係にあった(たとえば、独ソ不可侵条約を見よ)。

 では、自由の敵であるこの二つの全体主義のうち、知識人が圧倒的にマルクス主義コミュニズム)に惹(ひ)かれたのはいかなる理由によるのか?

 第一には、コミュニズムフランス革命の継承者であると謳(うた)い、ブルジョワ民主主義批判の彼方に普遍主義を置いたこと。つまり、ファシズムが最上位に据えたのが国家や種族という人類の特定部分でしかなかったのに対し、コミュニズムは、革命の後に『人類全体』の解放を用意していると主張したことである。
 第二は、コミュニズムが『科学と道徳を一つに結びつけているかのごとき外観を呈して』いたこと。

 第三は、ボリシェヴィキの10月革命が『勝利した革命』だったという事実である。人々が革命に夢中になった最大の理由は、革命が発生したという事実だったのであり、また革命は革命が持続しているというそれだけで、たちまち殆(ほとん)ど神話的な地位を獲得したのである」(『幻想の過去』解説を再構成)。

 

 次の大混乱・大波乱・大変化もまた、勤労大衆の多くを(さらに経営者をも)あたかも泥水や炭火の中に落とされたような苦しい境遇に突き落すだろう。すると、ボリシェヴィズム(赤色全体主義)とファシズム(黒色全体主義)が、先進国においてさえカムバックするだろう。

 

 けれども、「景気後退と金融危機が定期的に発生することは、資本主義体制と自由市場の重要な特徴で、それがまさに資本主義のダイナミズムなのだ。実際のところ、それは体制の効率性とダイナミックな成長のために欠かせない期間である」。(マーク・ファーバー)。

 テスラのイーロン・マスクに言わせれば、「米国経済がリセッションに陥ることは有益だ」。「あまりにも長い間、愚か者にカネの雨が降っていた。いくつかの倒産が起こる必要がある。また、コロナ禍におけるステイホームのようなものが人々を騙し、実際には一生懸命働く必要がないと思わせている。怠惰な目覚めがやってくるだろう」。「(不況の期間は)過去の経験からすると12ヶ月から18ヶ月だろう。本質的にキャッシュフローがマイナスの企業(つまり価値を破壊している企業)は、リソースの無駄遣いを止めるために滅びる必要がある」。

 

 「ところが、社会主義志向が強い学者や介入主義者ほど、この『非効率的な生産者と無礼な投機家の一統を一掃する』期間を不公平とみなし、しかも『市場経済と資本主義体制の欠陥』とみなしたがる。

 また、権力に取りつかれた政治家やエリート御用学者は財政・金融政策で経済と資産市場を支援しようとする。循環して起きる経済・金融危機の期間に乗じて、自分たちの権利と権限をさらに強くするためだ。特にここ数年はゼロ金利、さらにはマイナス金利だった。政府がゼロコストで自らに資金を調達できるのであれば、大盤振る舞いが、特に選挙前にできるのは明らかだ。

 しかし、よく考えてみると、政府がある分野、ある企業、または人々の所得に助成金を支給するたびに、それらが政府の介入にますます依存し、脆弱になっていることに気づく。

 人々を政府に依存させる方法の好例が基本所得保障(ベーシックインカム)によるバラマキだ。人々は基本所得保障を受け取ることに慣れたとたん、こうした給付金を支払う政府の意欲と能力に、またさらに依存するようになるだろう」(同上マーク・ファーバーを再構成)。