断章484

 「資本主義は危機に瀕し、終焉に向かっているという主張はいつの時代にもあります。

 1929年に発生した世界恐慌で、アメリカをはじめとする資本主義国が、大混乱に陥ると、スターリンソ連の首脳部は、『これこそが資本主義崩壊のはじまりであり、マルクスの予言通り、世界は社会主義へと移行せざるを得ない』とする社会主義の勝利を声高らかに、宣言しました。

 首脳部らの勝利の陶酔をよそに、コンドラチェフは、資本主義が崩壊するというようなことはなく、どのような恐慌も、資本主義特有の景気の変動に過ぎず、資本主義は景気の浮き沈みの波を経て、絶えず再生する、と主張しました。

 コンドラチェフの言うように、資本主義は隆盛と没落のサイクルを繰り返しているに過ぎず、新しい技術革新が新しい資本主義の局面を常に切り開いていきます。資本主義の危機を煽るよりも、資本主義の歴史を冷静に振り返る方がはるかに有益でしょう」(『世界史は99%、経済でつくられる』を再構成)。

 「この見解と並んで、農業生産力の向上や生活消費財生産の拡大を重工業建設より重視すべきとする彼の意見、さらには、ソヴィエト農場の集団経営への彼の批判は、スターリンら首脳部の怒りを買った。

 スターリンは、彼の裁判に強い関心を持った。国際的評価のある著名な経済学者であることで、コンドラチェフは政権に対する脅威と見なされたのである。コンドラチェフは架空の罪を自白することを強いられた。階級敵を意味する『クラーク教授』の名で有罪を宣告されることにより、彼は1932年にスズダリへ流刑となった。1938年、最高潮となった“大粛清”により『10年間外部との文通の権利が無い』という新たな刑の宣告を受けたが、この常套句は死刑宣告のための暗号であり、コンドラチェフは刑が宣告された日に、コムナルカ射撃場で銃殺された」(Wikipediaを再構成)。

 

 コンドラチェフの見解では、「好況期には好景気の年が優位を占め、『景気後退の年の抜きん出た突出』と名付けられた下り坂の局面には、基礎的発明と呼ばれる重要な発見や発明の大多数がなされることである。その局面において、新たな重要な発明が、旧来の技術を圧倒して企業のなかに取り入れられて、次から次へと関連部門に波及して新投資をよび、新しい企業経営や新しい産業が群生的におこることによって、(また次の)景気の長期的上昇がもたらされる」とする。

 であれば、これからの大混乱・大波乱・大変化の数年~十数年の間に ―― その間には、赤色全体主義や黒色全体主義との苛烈な戦いがありそうであるが ―― 、ナノテクノロジー、ライフサイエンス、ビッグデータ、ロボティクス、AIなどがけん引する新たな重要な発明があるのではないだろうか?

 たとえば、具体的には……、

 「研究者たちが、電気と大気中の水分だけを使って水素を生成する方法を発見した。

 これまで水素の生成には液体の水を使用していたが、9月6日発行の英オンライン学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表された論文によれば、新たな『グリーン水素』は大気中の水分を電気分解することで生成する。この方法を使えば辺境地帯や乾燥地帯にも水素燃料を提供することができる可能性がある」(2022/09/08 ニューズウィーク日本語版、ジェス・トムソン)。

 あるいは、「日本人研究者が発明し、次世代太陽電池の『本命』といわれる『ペロブスカイト型』を国内企業が実用化する動きが進む。欧州や中国の企業に先行を許したが、積水化学工業東芝が2025年以降に量産を始める。得意とする材料技術などを駆使し、弱点だった耐久性や変換効率を高め、従来電池の半額にして市場での巻き返しを狙う。ペロブスカイト型太陽電池は09年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授が発明した」(2022/09/22 日本経済新聞)。

 また、「安全性や建設費の安さを特徴とする小型モジュール炉(SMR)の導入に世界が動き出した。小型モジュール炉(SMR)は大型化を推し進めてきた従来の発想を転換し、原子力発電所の新たな形を探る技術だ。大規模発電所を主体とした電力供給のあり方を変える可能性を秘め、米新興ニュースケール・パワーなどが新市場開拓に挑む。米欧と対立する中国やロシアはいち早く実用化を進める。気候変動やウクライナ危機で複雑さを増すエネルギー問題を解く有力技術として開発競争が熱を帯びてきた」(2022/08/22 日本経済新聞)。

 超伝導の研究・開発なども進んでいる。

 

 もちろん新発明・新技術の採用・拡大が、単純にバラ色の未来を約束するわけではない。

 たとえば、ユヴァル・ノア・ハラリは、「人類はAIとバイオテクノロジーの双子の革命によって神のような力を持つ。この科学技術の恩恵を享受できるのは一部のエリート層であって、他の大多数は無用者階級として切り捨てられる」(『ホモ・デウス』)と予言する。

 ハラリは言う。「1920年に農業の機械化で解雇された農場労働者は、トラクター製造工場で新しい仕事を見つけられた。1980年に失業した工場労働者は、スーパーマーケットでレジ係として働き始めることができた。そのような転職が可能だったのは、農場から工場へ、工場からスーパーマーケットへという移動には、限られた訓練しか必要なかったからだ。

 だが2050年には、ロボットに仕事を奪われたレジ係や繊維労働者が、癌研究者やドローン操縦士や、人間とAIの銀行業務チームのメンバーとして働き始めることはほぼ不可能だろう。彼らには必要とされる技能がないからだ」と。