断章343

 「人類は、その出現以来、移動狩猟採集民として歴史の99%を生きてきた。キャンプを次々と移動させる遊動生活は、人類が出現して以来、数百万年以上にもわたって続いてきた暮らし方であった。

 遊動生活とは、ゴミ、排泄物、不和、不安、不快、欠乏、病、寄生虫、退屈など悪しきものの一切から逃れ去り、それらの蓄積を防ぐ生活のシステムである。移動する生活は、運搬能力以上のものを持つことが許されない。わずかな基本的な道具の他は、住居も家具も、さまざまな道具も、移動の時に捨てられ、いわゆる富の蓄積とは無縁である。

 掛合 誠は、遊動する『狩猟採集民の社会では、生態・社会・文化のシステム全体が〈妬み〉を回避するように機能して』おり、『病因論においても呪いは基本的に存在せず、あってもきわめてマイナーな位置しか占めない』と述べている。彼らは妬みや恨みすら捨て去るのであろう。

 最後の氷期の終わる頃、旧大陸の中緯度地帯のあちこちで、見られるようになった定住生活は、これら一切を自らの世界に抱える生活システムである。この生活を維持するには、ゴミ捨て場を定め、便所を作るなどして環境汚染を防止しなければならない。

 また、集落成員の間に不和や不満が生じたとしても、当事者は簡単に村を出ることができず、それがさらに蓄積する可能性が高い。したがって、定住社会は、不和が激しい争いになることを防ぐためのいっそう効果的な手法を持たなくてはならない。このような要請は、権利や義務についての規定を発達させるであろうし、また、当事者に和解の条件を提示して納得させる拘束力、すなわち、なんらかの権威の体系を育む培地となるだろう。

 定住生活の出現には、水産資源が重要な意味を持つ。というのは、中緯度地帯における初期の定住者、すなわち『大河流域の漁撈民』たちが採用した生計戦略は、いずれも定置漁具と食料の大量貯蔵を組み合わせたものであったからである。

 水産資源は、いわば人類が最後に手をつけた食料の宝箱であり、漁網やヤナ、ウケなど、効率的な漁獲をもたらす定置漁具は、この宝箱を大きく開ける鍵であった。

 水産資源の利用によって定住集落が出現すると、ここで(注:クリやハシバミといった人里植物の)『栽培化』が進行し、それが水産資源の得られない地域に拡散する過程で『農耕化』が促進された。農耕は、人口密度を増加させ、古代文明の成立基盤として大きな意味を持った」(『人類史のなかの定住革命』を抜粋・再構成)。