断章345
約1万1700年前頃、氷河期が終わり安定した温暖な気候が始まった。同じ頃にメソポタミアや中国で遊動生活から定住生活への転換があったのは偶然ではない。
すでに「人類の技術は何百万年にもわたってゆっくりと進化し、3万年前から1万2000年前までの時期にその頂点に達した。この何百万年ものあいだに、石器時代のわれわれの祖先たちが、陸生の大型獣を狩って生活するための道具や技術を徐々に完成させた。(中略)
狩猟採集民のバンドは、もっとも大型の動物さえも日常的な仕事として仕留めることもできる手段を持つようになった」(マーヴィン・ハリス)。
人類の狩猟採集技術の進化は、植生の変化とも相まって、大型動物を絶滅させた。しかし、一方では、定置漁具による漁撈という新たな食糧の大量獲得を可能にした。また、安定した温暖な気候は、陽生植物(コムギやオオムギ、ハシバミ、アーモンドなど)の繁茂と大量採集をもたらした。
狩猟採集民の暮らしは、自由で平等で友愛に満ちた穏やかなものとは言い難い ―― 男女平等だったと言う人もいる。しかし、女性の自立と文化的な自治の伝統があったアボリジニ社会でさえ、男たちは女人禁制の儀式のために女たちに食べ物を用意させたり、然るべき相手を性的にもてなすよう命じたという。
こん棒から槍へ、投げ槍から弓へと、狩りをする技術の進化は、“戦争”の技術の進化でもある。バンドが遊動域で出会う「他者」は、理解できない不愉快な何かで満ちあふれている「敵」である。なので、大型動物の減少に伴う遊動域の拡大は、“戦争”の拡大・頻発になる。
人類が太古から続けてきた「遊動生活」をやめて「定住」したのは、小集団による狩猟採集生活での栄養面などでのメリットを犠牲にしても、近隣集団からの防御(この時期の敵はもはや捕食動物ではなくホモ・サピエンスの別集団)を優先するためだったという仮説がある。