断章39

 中国についての長いメモ

 

 「中国の新疆ウイグル自治区は、・・・何百万人ものイスラム教徒のウイグル民族にとって故郷だ。人権団体は、何十万人もが裁判を経ずに複数の収容所に拘束されていると指摘する。一方で中国政府は、入所者たちは“自発的”に『過激思想』の撲滅を目指す施設に入っていると説明する。

 これまでは、走る車の中から、鉄条網と監視塔をちらちらと目にするのがやっとだった。私たちの車の後を私服警官たちがぴったりとつけてきて、それ以上近づかないように目を光らせていた。それが今回、(ウイグルの)収容所の中に招待されたのだ。

 招きに応じて取材することには、もちろんリスクがつきまとう。私たちは、念入りに外見を整えたと思われる場所に、連れて行かれようとしていた。(以前)そこにあった警備設備の多くが最近撤去されたことを、衛星写真は示していた。

 私たちが収容所内で話を聞くと、入所者はそれぞれに(何人かは見るからに緊張した様子で)、同じような話をした。

 入所者たちは全員、新疆ウイグル自治区で最大の、イスラム教徒主体のウイグル民族だ。自分たちのことを、『過激思想にかぶれていた』と言い、自発的に『考えを改めよう』としていると話した。

 これは、中国政府が選び抜いた入所者たちに語らせたストーリーだ。

 私たちが質問を投げかければ、入所者たちを大きな危険にさらしかねない。入所者がうっかり何か、口を滑らせたらどうなるのだろうか? 

 私たちはどうすれば、プロパガンダ(政治的な宣伝)と現実を間違わずに区別できるのだろうか? (中略)

 1930年代と40年代には、ナチス・ドイツ政府がゾネンブルクとテレージエンシュタットの収容所で、メディアの取材ツアーを開催した。収容所がいかに“人道的”かを示すのが目的だった。

 こうした取材機会では常に、記者は世界的に極めて重要な出来事の目撃者になる。だが、現地で最も影響を受けている人々に対して、ごく限定的な、または高度に統制された取材しかできず、それをもとに報じざるを得ない。(中略)

 ところが、新疆ウイグル自治区では大きな違いが一つある。当局は、収容所内の環境が良好なことを示すだけでなく、入所者たちが囚人などではまったくないことを明らかにするため、取材を許可したのだ。

 私たちは、照明の明るい教室へと案内された。ずらりと並んだ学習机に向かって大人たちが座り、声をそろえて中国語を学んでいるところだった。

 伝統的な民族衣装を着て、見事に演出された音楽や踊りを披露してくれた人たちもいた。机の周りを回る間、その顔には笑顔が張り付いていた。

 私たちに付き添った中国政府の職員たちが、目の前のストーリーを心から信じ切っていたのは明確だった。何人かは入所者たちを見て感動し、いまにも泣きそうだった。

 入所者たちは生まれ変わったのだと、私たちはそれを認めるよう求められた。かつて危険なほど過激化し、中国政府への憎しみに満ちていた人々が、その同じ政府からタイミングよく“慈悲深い干渉”を受け、いまや安全に自己改革への道に戻ったのだと。

 西側諸国はここから多くを学べるというのが、私たちへのメッセージだった。

 再教育の方針が開始された日づけについて話しながら、政府高官の1人が私の目をじっと見つめた。『この2年8カ月、新疆(ウイグル自治区)ではテロ攻撃が1件も起きていない』と彼は言った。『これは私たちにとっての愛国的な責務だ。』(中略)

 私たちは取材の招待に応じた。それだけに我々の仕事は、公式メッセージの裏側を凝視し、それをできる限り調べることだった。

 撮影した映像には、ウイグル語で書かれた落書きがいくつか映っていた。私たちはあとでそれを翻訳した。『ああ、我が心よ折れるな』と書かれているものがあった。(中略)

 政府職員には長時間をかけて取材した。その中には、この制度の本質をかなり示す答えがあった。

 収容所にいるのは“犯罪者”だと職員たちは言い、入所者たちが脅威なのは、犯罪を犯したからではなく、“犯罪者になる潜在的な可能性”があるからだと説明した。

 また、ひとたび過激思想の傾向があると判定された人たちには、選択権(とは言えないようなものだが)を与えられるのだと認めた。

 選択肢とは、『司法の審問を受けるか、非過激化施設で教育を受けるか』だ。

 『ほとんどの人が学習を選ぶ』という説明だった。公正な裁判を受けられる可能性がどれほどかを思えば、不思議ではない。

 別の情報源によると、過激思想の定義は昨今、きわめて広義なものに拡大されている。例えば、長いあごひげを生やしたり、単に海外の親族に連絡を取ったりすることも、過激主義に該当する。(中略)

 質問を慎重に重ねることで、何を言えるかではなく何を言えないかを通じて、多くを明らかにしてもらった。

 私はすでに8カ月間入所しているという男性に、ここから何人が『卒業する』のを見たか聞いた。少し間をあけてから、男性が答えた。『それについては、まったく分からない』。

 民族と信仰を理由に100万人以上を拘束しているとされる大量強制収容所の巨大システムの内部から出た、一つの声に過ぎない。

 どれだけ弱く、か細い声だろうと、その声は何かを言おうとしているのかもしれない。その内容は何なのか、私たちは注意して耳を傾けるべきだ」 (c) BBC News。

 

 「倫理性に最も疑問がもたれているのは、中国では、適合するドナーが現れるまで、数日から数週間しかかからないことだ。他の臓器提供システムが確立している国で通常、数年~十数年かかる。この問題を追及する複数の海外のメディアや研究者が、臓器移植病院に問い合わせると、わずか数日で“健康な臓器”が入手できるとの回答を得ている。

 公聴会で議員から、強制臓器摘出の主な標的について質問があった。李氏は、法輪功修煉者が中国全土で弾圧を受け拘禁されているため、最も被害を受けていると述べた。

 人権弁護士デービッド・マタス氏は、2016年発表の報告書で、『法輪功は酒やタバコをせず、気功を通じて健康な身体を保っている。受刑者はしばしば不摂生な生活習慣により内臓が健康な状態ではない場合がある。収監者のなかでも、法輪功学習者は“ドナー”に適している』と書いている。

 人権団体『脅かされた人々のための社会』代表でアジア問題専門家のウルリッチ・デリウス氏は、中国で法輪功学習者は20年にわたり残忍に弾圧されており、確認できているだけで、4300人あまりが迫害で死亡したと述べた」(2019年5月8日、ドイツ連邦議会の人権人道支援委員会・中国で行われている少数民族と宗教団体への迫害に関する公聴会)。

 

 「1999年、当時の江沢民国家主席法輪功に対する迫害を発動した。法輪功のほか、地下教会のキリスト教信者、ウイグル族チベット人など、いくつかの信仰文化に関連する活動は厳しく統制されている。中国当局からみれば、信仰を持つ者を共産党イデオロギーに従わせることは難しい。党は彼らを体制維持の不安定要素とみなし、拘束や連行、洗脳など強制的な手段で信仰を放棄させようとしている」(文・明慧ネット/翻訳編集・佐渡道世)。

 

 数少ない反ナチ運動家の一人だったマルティン・ニーメラーの言葉から生まれた詩を借用すれば・・・

 

中国共産党が最初、法輪功学習者を攻撃したとき
あなたは声をあげなかった
あなたは法輪功学習者ではなかったから
中国共産党ウイグル人を連行して行ったとき
あなたは声をあげなかった
あなたはウイグル人ではなかったから
そして中国共産党があなたを攻撃したとき
あなたのために声を上げる者は誰一人残っていなかった

断章38

 香港でミソをつけたようだが、中国本土の支配は安泰のようにみえる。

 

 国際ジャーナリストの高橋氏は、「憲法改正により、習近平による独裁体制を強化しており、個人の発言、言論の自由を締めつけている。その一方、市民は『自由ではない』ことに慣れているため、『生活が豊かであればいい』という満足感すらある」と中国国内の世論について説明する。

 

 国家社会主義ドイツ労働者党も“豊かな生活”を実現した(その後の軍備拡張と戦争でパーにしてしまったが)。

 「ヒトラーは、ドイツ国民に豊かさへの夢も与えました。首相就任直後、金持ちの象徴だった自動車を庶民でも持てるようにする国民車構想を掲げました。

 設計を任されたのはフェルディナント・ポルシェ。後にスポーツカーメーカーとしてその名を遺す天才エンジニアです。国営会社が設立され、フォード社と肩を並べる世界最大級の自動車工場が建設されました。会社はフォルクスワーゲンと名付けられました。

 ヒトラーは、国民生活の向上も掲げ週休2日、週40時間労働を全国の企業に求め、今でいうワークシェアリングを始めようとしました。大企業には社員食堂の設置を推進。様々な福利厚生施設も設けられました。

  統計によると、ドイツの工業総生産は政権発足から5年で倍に。税収は3倍に伸びました。公共投資で景気回復をはかるという先進的な経済政策は大きな効果を上げ、ドイツはいち早く恐慌から抜け出していきました。

 1934年に行われた国民投票では、ヒトラーは89.9%の支持を得ました」

(NHKスペシャル  新・映像の世紀 第3集)。

 

 驚くべき経済成長を実現したナチスロシア共産党ソ連共産党)も、滅亡・崩壊した。だが、全体主義者にも学習能力がある。

 では、中国共産党は、ナチスロシア共産党の滅亡・失敗から何を学んだのであろうか。

 「問題の答えを教えてやろう。つまりこうだ。我が党が権力を求めるのは、まさにそれが目的であるからだ。他人の幸福など関係ない。関係あるのは権力のみ、純然たる権力のみだ。では、純然たる権力とは何か。いまから教えてやろう。我々が過去の少数独裁と違うのは、自分たちが何をしているのか理解しているところにある。我々と似ているものもあるが、結局は臆病で偽善的だった。例えば、ナチスドイツもロシア共産党も方法論的には我々と非常に似通っている。だが、奴らには自分たちの動機を自覚するだけの勇気がなかった。自分たちが不本意かつ暫定的に権力を握ったふりをしたのだ。しかも、人々が自由かつ平等に暮らす楽園がすぐそこにあると装った。あるいは、本当にそう信じていたのかもしれない。しかし、我々は違う。権力を手放す気がある者に権力をつかめたためしはない。権力は手段ではない。目的なのだ。革命を守るために独裁を確立するのではない。独裁を確立するために革命を起こすのだ。迫害するために迫害をする。拷問するために拷問をする。権力をふるうために権力をつかむのだ」(『1984年』ジョージ・オーウェル)。

断章37

 「このところ中国の外交官と知識人は『トランプの任期さえうまく乗り越え、米国との戦争さえないなら時間は中国の味方』という話を流す。中国は毛沢東時代の自力更正スローガンまで叫んで長期戦に備える態勢だ。習近平は米国に対抗してロシアと組み、『中国は世界最大の製造・貿易および外国為替保有国に成長した。中国はどんな危険と挑戦にも対応できるあらゆる必要な条件と能力・自信を持っている』と話した」(6/10 韓国・中央日報)そうである。

 

 だが、時間は中国に味方するだろうか。

 まず、今や中国に対して厳しい目線を送っているのは、トランプたちだけではない。

 「2000年に設立された与野党合同の『米国議会中国関係執行委員会』は、2018年10月10日に年次報告書を発行した。いわく『世界の中心的地位を確立しようと台頭するより強引な中国を、われわれは目の辺りにしている。そのために中国は、開発、貿易、インターネット、さらには人権に関する新たな世界規範を構築しようとしている。中国の独裁主義は、アメリカの自由、並びに最も重要な価値観および国益を直接脅かしている』。(中略)

 過去10年間のアメリカにおける中国に対する根本的な変化である。オバマ政権発足当初の2009年には、アメリカでの大方の中国に対する見方は、貿易や経済関係が促進され、さらに外交や文化交流が活発になると、中国の開放と政治的自由化につながるというものであった。

 しかしこうした期待は裏切られ、習近平国家主席の下の中国共産党は、上で引用された議会の調査によれば、『国家権力を背景とした抑圧、監視、および教化を通して権力の独占を維持することに深く執着している』ということである。

 この認識の変化は3つの点から注目に値する。

 第1に、この認識は民主党共和党問わず共通であり、両党の議員たちは、中国は世界におけるアメリカのリーダーシップへの挑戦だという見解を共有している。(中略)

 認識の変化は、政界のみならず、アメリカのビジネス界にも広がっている。自社製品やサービスを中国で販売し、さらに中国で製造することを望んでいたアメリカ企業は、つい最近までは中国に対して厳しい措置をとることを求めていたアメリカの政治家に難色を示していた。

 ところが、中国市場への参入障壁や技術・知的財産の盗用、外国企業にとって有害な法律や規制の変更など多数の問題により、アメリカのビジネスリーダーの多くがアメリカ政府の中国に対する厳しい対応を公然と支持するようになった。そして、研究者を含むアメリカの知的コミュニティも、言論の自由、学問の自由、市民社会を、中国国外でさえも抑圧しようとする中国政府の取り組みに警戒するようになっている」(グレン・S・フクシマ 東洋経済)のである。

 

 なによりも、「中国の少子高齢化が加速する。国家統計局の21日の発表で、2018年の出生数は17年比200万人減の1523万人だった。毛沢東による“大躍進政策”の失敗で多くの餓死者を出した1961年以来、57年ぶりの低水準。一方で高齢者は増え、65歳以上が人口に占める比率は18年末に11.9%と前年比0.5ポイント上昇した。社会保障の財政負担や個人消費の低迷につながりそうだ」(日本経済新聞 2019/1/22)。

 

 「中国では2000年に、60歳以上の高齢者人口が10%を超え、高齢化社会に突入した。2013 年 には60歳以上の高齢者人口は1億9390万人になり、総人口の14.3%を占めた。中国は1億人以上の高齢者人口を抱える唯一の国となった。高齢者人口は今後毎年860万人ずつ増加し、2050年には高齢者が総人口の3分の1を超え4億5千万人に達する見込みであり、80歳以上の人口が1億人を超えると予測されている。

 中国の高齢化社会は、第一に急速な高齢化(中国の高齢化は世界平均より速い速度で高齢化が進んでいる。国連の予測によると、1999年から2020年の世界高齢人口の年平均増加率は2.5%だが、中国の同期での増加率は3.3%となっている)。

 第二に“未富先老”(急速なスピードで経済成長を遂げている中国であったのが、その途上で人口高齢化を迎えてしまったことになる。豊かにならない段階で高齢化の時期を迎えてしまったため、経済発展水準とのバランスを欠いてしまっている状況)。

 第三に地域格差という特徴がある。くわえて、“空巣家庭”(子が独立し、家を離れ、老人だけが残される家)が増加し、都市部では51%、農村部では49%に達していると いった特徴がある」(周 金蘭 2015年)。

 

 さらに、マネーが中国から逃げ出している。10年で130兆円におよぶ行方のわからない資金流出が起きている(とりわけ香港を通じて)。

 「輸出で稼いだ外貨を積み上げ、米国債購入や新興・途上国への融資により世界での自らの存在感を高める――。そんな中国の外貨パワーが陰ってきた。資金流出で中国の対外純資産は頭打ち傾向になっており、国際通貨基金IMF)の予測通り経常収支が赤字になれば減少に転じる」(2019/6/23 日本経済新聞)。

 

 これから圧し掛かってくるのが、幾つかの“空母打撃群”の建造と運用などの巨費である。

 「ロシアメディアは2013年、中国初の国産空母の建造費用が約30億ドル(約3300億円)に上るとの建造関係者の話を報じている。空母打撃群としての運用・維持には、さらに数千人の空母乗組員や数十の艦載機、さらには一体運用する駆逐艦や潜水艦などが必要となり、莫大な費用がかかることは間違いない」(産経新聞 2017年)。

 

 中華人民共和国の建国以来、プラグマティックな中国要人の朝令暮改・豹変は、すでに世界の常識である。明日、中国要人が180度違うことを言いだしても誰も不思議に思わないだろう。

断章36

 「大廈(タイカ)の倒れんとするは一木の支うるところにあらず」

 巨龍・中国も、倒れるときには倒れる(中国共産党がどうあがいても)。

 

 しかし、ここ10年ほど巷間にあふれた“中国崩壊論”のようには、事態は進んでいない。

 なぜなら、エドワード・ルトワックに言わせれば、「巷間の予測は、リニア(線的)にすぎる。作用があれば、必ず反作用があることを理解していない」からである。昔風にいえば、「弁証法を軽視すれば罰なしにはすまされない」のである。

 そこまで、話を掘り下げる必要はないのかもしれない。

 

 (繰り返しになるが)単純に、「中国の50歳以上の人は文化大革命のことをよく覚えている。無秩序と混乱がいかに多くの命を奪ったかを知っている。共産党独裁であっても、『安定』をもたらすならば、それに代わる大事なものはないと考えている。それ以下の世代も、生活が年々良くなってきていること自体は評価している。1978年に改革開放政策が始まってから40年。500万人以上が海外留学をし、300万人以上が帰国したという中国の報道がある。中国から海外に向かう旅行者は2018年、1億4千万人に上った。海外に行って海外の良さを知り、中国は変わらなければならないと思う人の数は“減っている”。中国の生活水準も向上しているし、欧米に昔の輝きはない」(宮本 雄二)から、ということかもしれない。

 

 帝国主義的な覇権争奪戦の激化にともない、改革開放で私欲を解き放って“拝金主義”にまみれた中国共産党・特権官僚も、昔の”抗米映画”を放映したりして戦線を立て直しつつある。だが今更、あの「毛沢東思想」にまで後退できるだろうか。支配の「正統性」「アイデンティティ」のさらなる混乱・惑乱を呼び起こすだけではないのか。

 

 だとすれば、彼らが最終的に拠りどころにできるものは、「民族主義」「中華思想」しか残っていない。

 「民族主義」「中華思想」を鼓吹するための中国の意図的な“軍事挑発”の危険は、増大しつつある。“備えあれば患いなし”である。

断章35

 「死せる孔明生ける仲達を走らす」

 そして、「死せる魯迅が生ける近平を走らす」日は来るか。

 『林彪事件習近平』(古谷 浩一)を読んだ。

 

 「もし、今も魯迅が生きていたなら、何を思うだろうか。中国の友人にそんな話をすると、過去に同じような質問を、毛沢東が受けたことがあると教えてくれた。1957年、上海で開かれた文芸関係者らの座談会でのことだそうだ。出席者からの問いに対し、毛沢東は、あっけらかんとした調子で答えたという。『(魯迅が生きていれば)牢獄に入れられ、そこで書き続けているか、あるいは何も言わなくなっているかだな』

 出席者の一人だった作家の黄宗英は2002年に発表した文章でこのやりとりを紹介し、『震えを感じた。思い出すと血のめぐりが変になる』と振り返っている。

 毛沢東は分かっていたのだろう。魯迅が生きていれば、将来、その批判精神は共産党政権にも必ず向かってくるであろうことを。そして、共産党はそうした魯迅を許さないことを。だから、毛沢東は、あくまで過去の人物として魯迅を評価し、利用し続けた」(185頁)。

 

 「1950年代の中国では、・・・毛沢東大躍進運動によって農業が壊滅的な打撃を受け、膨大な数の餓死者が出た。(中略)

 こうしたなか、(共産)党の指導者たちは表向きは共産主義をストイックに唱えながら、自分たちは特権を利用して、庶民の暮らしとはかけ離れた優雅な生活をこの避暑地(北戴河)で送っていた」(105頁)。

 

 同じ頃、「特権的な幹部の子弟たちは、北京にある寄宿制の小中学校で学んでいた。北京大学清華大学のある学園地区にあって、敷地は20万㎡、校舎の延床面積は3万5千㎡という広大なもの。庭園、果樹園、動物園、給食用のミルクを供給するための牛舎。さらにシャワー室やプールなども完備しており、当時としては世界有数の近代的な学校だった」(矢板 明夫)。

 そこには少年・習近平もいた(文化大革命で父親が失脚するまで)。

 

 1965年にソ連共産党の病院で治療を受けた児童向けの詩人、コルネイ・チュコフスキーは、「共産党中央委員会の家族は、自分たちのために楽園を建てたが、他の病院のベッドにいる人たちは、飢えて汚れ、まともな薬すらなかった」と日記に綴っているが、その完全な中国版である。

  「死せる魯迅が生ける近平を走らす」日は来るか。

断章34

 「インターネット百科事典“ウィキペディア”を運営する米国の非営利組織、ウィキメディア財団は5月18日までに、中国で全面的にウィキペディアの利用ができなくなったと発表した。これまでも日本語や中国語は利用できなかったが、海外の中国語メディアなどによると、4月下旬までに英語版などのアクセスも遮断された。(中略)

 中国当局は治安維持を目的に“ネットの長城”と呼ばれるネット監視システム“金盾工程”を構築している。2009年にはチベット族ウイグル族の抗議活動などに関する動画などを掲載したとして米動画サイトのユーチューブ、米フェイスブック、米ツイッターの利用をできなくした。

 2010年には検閲を巡って中国当局と対立した米グーグルの検索サービスの利用もできなくなった。中国政府は2017年にビッグデータの持ち出し規制などを盛り込みネット空間の統制を強めたインターネット安全法を施行し、日本のヤフーの検索サービスも使えないようにした。

 中国当局は外国のネットサービスの多くを排除したうえで、中国国内のネットメディアや交流サイト(SNS)の運営企業には24時間体制で掲載内容を厳しくチェックする体制を構築させている。中国共産党や政府への批判を押さえ込み、ネットがけん引する国内世論への統制を強めている」(2019/6/4 日本経済新聞)。

 

 日本人は、「この30年で中国は我々の想像をはるかに超えて、強くなり、豊かになったが、中国の人達にとってそれは幸せなことだったのだろうか。週末の銀座を闊歩する中国人観光客を見るといつも思うのだ。いくらお金があっても、政治的な自由がなく、言論の自由もない国、決して民主化されない国に住むことは苦痛ではないのだろうか」(平井 文夫)と思慮している。

 

 しかし、「中国の50歳以上の人は文化大革命のことをよく覚えている。無秩序と混乱がいかに多くの命を奪ったかを知っている。共産党独裁であっても、『安定』をもたらすならば、それに代わる大事なものはないと考えている。それ以下の世代も、生活が年々良くなってきていること自体は評価している。1978年に改革開放政策が始まってから40年。500万人以上が海外留学をし、300万人以上が帰国したという中国の報道がある。中国から海外に向かう旅行者は2018年、1億4千万人に上った。海外に行って海外の良さを知り、中国は変わらなければならないと思う人の数は“減っている”。中国の生活水準も向上しているし、欧米に昔の輝きはない」(宮本 雄二)のだから、ということだろうか。

 

 あるいは、「彼らには自由への希求が希薄であるということも、もはや否定できない事実となってしまった。第二次大戦後の日本人は、勤労も自由も人間に素質として備わっていると思いがちであるが、世界の多くの人々が“働くのがいやで、長いものに巻かれたい”のである。・・・なんとか勤労してみようという人々は、資本主義はできるが民主主義ができない国民となり、働くのもいやで長いものに巻かれたい人々は、資本主義も民主主義もできない国民となった」(古田 博司)ということなのだろうか。

 

 間違いなく確かなことは、「沖縄県尖閣諸島周辺の領海外側にある接続水域で6月8日、中国海警局の船4隻が航行しているのを海上保安庁の巡視船が確認した。尖閣周辺で中国当局の船が確認されるのは58日連続。2012年9月の尖閣諸島国有化以降で、過去最長の連続日数を更新した」(読売新聞 6/9)ということである。

断章33

 なかなか攻めた書名である。『貧者を喰らう国』(中国格差社会からの警告)という。

 帯のキャッチコピーも刺激的で、「第一章、エイズ村の慟哭・・拝金主義の売血ビジネスが招いた悲劇。第二章、荒廃する農村・・利己主義と猜疑心が支配する農村共同体。第三章、漂泊する農民工・・差別と閉塞感に苦しむ若い農民工たち。第四章、社会主義市場経済の罠・・信頼とルールなき弱肉強食社会。第五章、歪んだ学歴競争・・「点数は金で買え」過熱する受験戦争。第六章、ネット民主主義の行方・・激化するネット世論言論弾圧。第七章、公共圏は作れるのか・・ポピュリズム反日思想の臨界点」とある。著者は、阿古智子・東大准教授である。

 

 この5月、彼女を含む日本の研究者やジャーナリストら計70人は、「中国の習近平指導部に異論を唱えた中国の改革派学者が所属先の清華大学から停職処分を受けたことに対して、処分撤回を求める声明を連名で大学側に送った。呼びかけ人の鈴木賢・明大教授と阿古智子・東大准教授が21日、会見した。鈴木氏は『放置すれば他大学にも広がる懸念がある。弾圧を止めるために日本からも声をあげることが重要だ』と語った」(朝日新聞)。

 

 2015年7月には、中国・人権派弁護士の一斉連行に対して、抗議声明を出している。

 「7月9日から16日の間に、連行または拘束された弁護士やその関係者は200人以上に上ります。そのうち、大半は釈放されましたが、約20人が拘留されているか、音信不通の状態となっています。

 7月11日、国営通信新華社は、北京市の“鋒鋭弁護士事務所”を『騒ぎを起こし、秩序を混乱させる重大犯罪グループ』と非難し、同事務所の主任・周世鋒弁護士や“中国で最も勇敢な女性弁護士”と称される王宇弁護士など、同事務所の4人の弁護士、王弁護士の夫を容疑者として刑事拘留したと伝えています。(中略)

 このような中国当局のやり方は到底、受け入れられるものではありません。まず、こうした活動が違法であるかどうかは、検察や裁判所が判断することです。それにもかかわらず、関係当局の公式発表を前に、国営通信社や党の機関紙が、刑事拘留の背景を事細かに報じました。さらに、報道の数日前に拘束されたばかりで、正式に逮捕も起訴もされていない弁護士らを“容疑者”や“犯罪者”として、国営の中央テレビ(CCTV)が断罪しています。これでは、CCTVは“中央テレビ最高裁判所”と揶揄(ヤユ)されても仕方がないでしょう。

 官製メディアが、容疑の詳細が明らかにされる前に、あたかも犯罪事実が確定したかのように先んじて報道する姿勢は、中国に法の支配が根付いていないことを公然と証明したのも同然です。(中略)

 一斉連行の前の7月1日には、国家分裂、政権転覆扇動、海外勢力の浸透などに対する懲罰を定めた国家安全法が施行されました。中国は人権弾圧や言論統制をますます強化しているという、国内外から上がっている批判に対し、中国政府は十分な説明責任を果たすべきです」。

 

 危険な匂いがする。ギリシア神話の“ミダース王”の話を思い出すからである。

 「ミダース王(プリュギアの都市ペシヌスの王)は、触ったもの全てを黄金に変える能力で広く知られている」(Wiki

 

 ふつうの学者・研究者は、事柄の実体験・実感が無いから、「前衛党」のメンタリティを理解することができない。彼らは、批判者たちに対する自称「前衛党」の怒りと憎しみを理解できない(但し、教義は違うけれども、理解の助けになる集団がある。オウム真理教である)。

 いわんや、破滅寸前の危機から銃口で権力を勝ち取った中国共産党である。今や、かつての皇帝や貴族たち以上の権力と富を握っているノーメンクラトゥーラ・紅い貴族たちが、その権力を失うことへの恐怖心(吊るされたルーマニアチャウシェスクの最後がトラウマである)は、さらに理解の外であろう。

 中国共産党が干犯することを決して許さないことは、軍統帥権言論統制の二つである。

 時には言論統制の“手綱(タヅナ)を緩める”ことはあっても、言論統制の“手綱を手放す”ことは掘っても無いのである。なぜなら、彼らの支配もゲッペルスと同じ“大きなウソ”の上に成立しているので、ウソがばれることにつながる“言論の自由”は断じて許せないのである。

 

 中国共産党は、いま必要だと思えば一瞬の躊躇もしないだろう(勝手に“思い込む”癖もある)。

 海外の支援者・知人に連絡する中国人は外国勢力との内通者と疑い、中国国内の改革派・人権派に連絡したり応援する外国人はスパイ工作者とみなされて、中国“公安”の特別な監視下に置かれ、突然、逮捕されるだろう。

 

 危険な匂いがプンプンする。

 阿古智子たちが触れば、すべてが金に変わってしまうのではないか?

 彼女たちが接触した者すべてが、そして彼女たち自身が、中国共産党から“スパイ”・“敵”とみなされるのではないか?

 中国共産党の政治とは、「奴は敵だ。奴を殺せ」という政治だからである。

 

 【補】

 「中国で2015年7月9日、人権派の弁護士らが一斉に拘束された“709事件”で国家政権転覆罪に問われ、1月末に懲役4年6カ月の実刑判決を受けた王全璋弁護士(43)と家族が28日、服役先の山東省臨沂の刑務所で、ほぼ4年ぶりに面会を果たした。

 妻の李文足さん(34)と6歳の息子らが30分ほど面会。李さんは朝日新聞の取材に『明らかにやせて顔や手が黒ずみ、老けていた。喜んだ表情も見せず、まるで別人、ロボットのようだった』と話し、夫の精神状態を心配した。昼に何を食べたか聞いても覚えていないほど、記憶力も衰えていた。王氏は『よい待遇を受けているので、当局に抗議をしないように。しばらく面会にも来るな』などと語ったという。

 王氏は事件で当初に拘束された弁護士らの中で1人だけ、家族や家族が依頼した弁護人と面会できない異常な状態が4年近く続き、当局による虐待などが疑われていた。他の弁護士については国営メディアが裁判で映像や写真を報じたが、王氏は判決時もホームページで結論が公表されただけだった。李さんが5月に面会を求めた際にも、刑務所側は『面会室の修繕』を理由に拒絶していた。

 王氏は、中国共産党邪教とする気功集団”法輪功”メンバーの弁護や土地を奪われた農民の支援をしてきたことで知られる」(2019/6/29 朝日新聞)。