断章322

 現代「世界の中でもとりわけ豊かな国の人々は、彼らの曽祖父母には想像すらできなかったような物質的豊かさを享受している。政府統計によって『貧困』のレッテルを貼られた人々でさえ、抗生物質、信頼できる避妊法、CDプレーヤー、インターネットへのアクセス、水洗トイレを利用できる。昔の人たちにくらべて『何でももっている』にもかかわらず、それでも彼らは満足していないのだ。

 起きている間、文字どおりいかなる瞬間にも、心は欲望であふれかえっている。眠りに落ちれば、ようやく欲望は一時的に静まる。だが、それも夢を見るまでのことだ。やがて私たちは、自分の欲望が生み出した夢を見ることだろう。欲望を作り出す技能にかけては、私たちは天才である。だれにも教えてもらう必要はない。しかもその天才的な技能を私たちは際限なく行使して、四六時中欲望を作りつづけ、倦(う)むことがないのだ。

 欲望に関しては、だれもがエキスパートである。欲望の技能を競うオリンピックがあったら、全員が代表選手になれるだろう。病気になったり、年をとったりすれば、欲望の対象は変わるかもしれない。だが、病気も老化も、私たちの欲望を止めはしない。

 困ったことに、欲望を絶つには、それを断とうという欲望が必要なのである」(『欲望について』ウィリアム・B・アーヴァインを再構成)。

 

 ウィリアム・B・アーヴァインに言わせれば、人間には《欲望》という生物学的インセンティブシステム(BIS)がインプットされており、この生物学的インセンティブシステムのおかげで人間は生存の意欲を持ち続けることができるが、BISには《際限がない》というリスクがふくまれているらしい。

 

 なぜ、そうなのか?

 それは、〈ドーパミン〉のせいらしい ―― 「ドーパミンは、中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリン、ノルアドレナリンの前駆体でもある。運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。セロトニンノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミンドーパミンを総称してモノアミン神経伝達物質と呼ぶ」(Wikipedia)。 

 

 「ドーパミンは、よく言われる『快楽物質』ではない。・創造力の源 ・先を見越した戦略 ・恋愛が長続きしないわけ ・充足感の欠乏 ・変化に適応できる柔軟さ ・支配と服従 ・依存症・精神病のリスク ・保守・リベラルの気質 ・人類の大いなる進歩と破滅

 すべては『もっと!』を求めてやまないドーパミンが鍵を握る」(ダニエル・Z・リーバーンとマイケル・E・ロング『もっと!  愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』の宣伝コピー)というのだ!

 

 すべての人間は脳内物質に左右され、生まれながらにして《際限のない欲望》に突き動かされ、そこから脱出できないのか?

 人間の《際限のない欲望》は、青虫がサナギから蝶になるように、時代の経過につれて、質・量ともに深化発展(進化?)して、ついには「バベルの塔」を建設するのか?

  ―― 「バベルの塔の物語は世界にさまざまな言語が存在する理由を説明するための物語であると考えられている。同時に『石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを』用いたという記述から、古代における技術革新について述べ、人類の科学技術の過信への神の戒めについて語ったという解釈もある」(Wikipedia)。