断章117

 金融市場は新型肺炎ショックからの驚異的な回復を果たした。

 「新型コロナウイルスの感染拡大は続いているものの、金融市場では早くも影響は一時的との楽観論が広がり始めた。新型ワクチンの早期開発や、今後の気温上昇で流行が抑制されるとの期待感が浮上したため、・・・2月5日の米国株式市場では、S&P総合500種が続伸して2週間ぶりに最高値を更新。新型肺炎発生後の下げ幅をすべて埋めた」(ロイター通信)。NYダウは4日間で1123ドル余り上昇し、史上最高値を約3週間ぶりに更新した(さすがに昨日は227ドル下げて終った)。

 

 「相場の下げを止めたのは米国のFRBではなく、中国の人民銀行である。中国人民銀行中央銀行)が大規模な資金供給で市場を崩さぬ『決意』を見せた。中国人民銀行は3日に1兆2000億元を金融市場に供給すると表明したのに続き、レポ金利の引き下げ、翌4日も5000億元の供給を実施するなど、矢継ぎ早の対応を見せた」(石原 順)。

 日本円にして、実に総額26兆円余である!

新型肺炎の感染が拡大する中、ミンスキーモーメント(パニック売りによる流動性パニック)を回避するため市場に潤沢な流動性を供給した。株価のPKO(プライスキーピングオペレーション/価格維持政策)と銀行の貸し渋り貸しはがしを防止するのが狙いである。また、中国は相場下落を緩和するため、先物市場の夕方の取引を3日から停止し、中国証券監督管理委員会はファンドに対して『株式を売り越さないように指導した』と報道されている」(石原 順)。

 

 もう一度、言おう。2日間で、なんと総額26兆円余である!

 「金融システムは一国の経済の中枢神経であり、どんなことがあっても死守しなければならない。(中略)

 中国政府が他国の政府と違う最大の点は、それが専制政府であり、資源(引用者注:金融政策などを含む各種リソース)を集中させる能力が民主的な政府とはけた違いに強いということである。執政者が危機はどこにあるかを察知さえすれば、その防衛能力は民主的な政府より、とりわけ無力で弱弱しい民主的な政府よりはるかに高い」(何 清漣)のである。

 

 中国、もちろんアメリカも、そして日本も、「国家管理下の人為相場だが、レバレッジの増加によって促進される成長は決して持続可能ではない。それでも、その持続不可能な金融政策は、それが終わると誰にも受け入れられない結果が待っているという単純な理由から継続している」(石原 順)。

 だがしかし、例えば世界的なサプライチェーンの崩壊によるスタグフレーションの到来などで、現下の巨大な世界的資産バブルがはじけたとき、わたしたちは、かつてない悲惨な世界に出会うことになるだろう。

 

【補】

 「昨今の市場はFRBがリセッション(景気後退)は起こさせないと保証し、株式市場と住宅市場は永続的に上昇するかのような観測が多い。FRBはもはや制御できないモラルハザードモンスターバブルを作り出してしまった。危機が起これば起こるほど株が上がっていくというニューアブノーマル相場となっている。しかし、中央銀行管理バブルという『出口のない政策』に乗り出した以上、ミンスキー・モーメント(ミンスキーの瞬間)は避けられない。それが、いつ起こるかというだけの話である。

 ミンスキー・モーメントとは、信用循環または景気循環において、投資家が投機によって生じた債務スパイラルによりキャッシュフロー問題を抱えるポイントである。

 経済学者のハイマン・ミンスキーは、景気循環は、労働市場における企業と労働者の間の伝統的に重要であると考えられてきた関係よりも、銀行システムの急増と信用の供給に大きく左右されると主張した。

 言い換えれば、(引用者注:相場が)強気の期間中に、それらが十分に長く続くならば、無謀で投機的な活動によって生成された過剰は、最終的に危機につながるだろう。もちろん、投機が長引くほど、危機はより深刻になる。

 ミンスキーは、金融市場に固有の不安定性があると主張した。彼は、異常に長い強気の経済成長サイクルが市場投機の非対称的な上昇を促し、最終的に市場の不安定性と崩壊をもたらすと仮定した。 『ミンスキー・モーメント』危機は、長期にわたる強気の投機に続き、これは個人投資家機関投資家の両方が引き受ける高い債務にも関連している。

 ミンスキーは、市場は短期記憶であり、今回は違うと繰り返し思い込むものだと教えた。悲しいことに、経済的および政治的リスクの高まりに直面した今日の市場の活気から判断すると、ミンスキーは再び正しいと証明される可能性が高いだろう」(2020/02/20 石原 順)。

断章116

 中国共産党言論統制を記憶するための記録。

 「17年前の2003年、中国で重症急性呼吸器症候群SARS)が猛威を振るっていた時、2人の医師が、この危機と闘う英雄として注目された。

 当時、半ば引退していた軍医の蒋彦永氏は、SARS流行の情報を当局が隠蔽していると暴露した。もう一人の医師、鐘南山氏はSARSを引き起こすウイルスの発見者として名をはせた。

 数カ月のうちに、蒋氏の名前はすべての公式記録から削除された。中国共産党にはっきり物を言い過ぎる人物と見なされたからだ。しかし鐘氏は新型コロナウイルスの拡大を防ごうとする取り組みの最前線に立つ専門家として、再び注目されている。

 この2人の医師の運命の明暗を分けたのは、国家にとって重要な出来事の解釈を厳格に統制しようとする中国指導者の姿勢だ。感染症の流行のように社会の安定を脅かすような危機においては、取り締まりの動きが特に顕著となる。

 都合の悪い情報を隠そうとする傾向は、習近平指導部になってから強まった。習氏は2013年に国家主席の地位について以来、権力を自らの手に集中させてきた。

 『蒋医師のような内部告発者は(支配者にとって)面倒な存在だ。彼らの勇敢な行動で組織的な問題が明らかになるからだ。蒋氏の場合、SARS流行の規模を隠そうとする大々的な隠蔽工作だった』と米ミシガン大学中国研究センター所長のメアリー・ギャラガー氏は言う。

 2003年の初め頃まで、北京で公式に報告されたSARSの患者数は数人にすぎなかった。しかし4月9日、情報の隠蔽が明らかになる。北京の軍の病院ではSARSによる死亡例が6件、その他の感染例が60件あったとする書簡を蒋医師がリークしたと海外メディアが報じたのだ。

 リークによって、急増しつつあるSARS感染例を政府が隠そうとしていたことが表面化した。中国政府は感染症の実態が明るみに出ることを妨げようとしていたことを最終的に認めざるを得なくなった。SARSはその後、世界的に大流行した。

 蒋医師は一時、国営メディアから英雄扱いされたが、2003年5月までにすでに外国メディアの取材に応じることを禁じられたと当時フィナンシャル・タイムズは報じた。当局は同氏が余計なことを話しすぎると懸念したのだ。フィナンシャル・タイムズは先週、88歳の同医師の自宅に電話したが、取材は受けられないと言われた。

 『政府が批判を受け入れる余地は非常に限られている』。米ジョージア州立大学のグローバル情報研究センター所長のマリア・レプニコワ氏はこう語る。『危機が予想よりも大きそうならこうした余地はさらに狭まり、プロパガンダが幅をきかすようになるかもしれない』。

 一方、鐘氏が述べたことは政府にとってずっと扱いやすかった。国営メディアによると2003年4月、鐘氏の研究チームはSARSウイルスを分離し、特定することに成功した。SARSの流行はその数カ月前に広東省から始まっていたが、ウイルスの発見によって同省での患者の治療が大きく改善した。国内メディアは、同氏のことを倒れるまで仕事を続ける『白衣の戦士』だとたたえた。

 鐘氏は中国の医療部門で順調に出世し、最近では、国家衛生健康委員会による新型コロナウイルスの研究を支援する専門家チームのトップに任命された。

 1月20日中国共産党は鐘氏に事態の深刻さを初めて明らかにさせ、同氏が再び脚光を浴びるようにした。鐘氏は国営テレビで、湖北省武漢市で急激に広がった新型肺炎が今や人から人に感染していることは間違いない、と語ったのだ。

 このニュースはウイルスの拡散に関し、重大なタイミングで報道された。その後2週間あまりで確認された感染者数は激増し、2月4日時点で中国本土だけで20348人となった。死者は425人に達し、SARSの時の死者数349人を上回った(引用者注:6日時点で中国本土の死者は563人、感染者数は2万8018人)。鐘氏という感染症研究の権威にあらかじめ患者数の急増を公式に警告させることで、中国共産党は対応が遅かったとか隠蔽を見逃していたといった批判をかわすことができた。

 鐘医師は新型コロナウイルスの拡散は来週中にピークを迎えるとみているが、これは著名な医学専門家の間では飛び抜けて楽観的な見通しだ。ほとんどの専門家は、感染のピークが数カ月先の4月か5月と予想している。

 感染が拡大するにつれ、内部告発しようとする者への締め付けが行われている証拠もある。インターネットで情報発信する人々はすでに1月初旬、SARSに似た今回の新型肺炎に対し、懸念を表明していた8人の医療従事者を武漢市の警察が尋問したと伝えている。

 『習政権下で醜聞の暴露や内部告発に対する寛容度は大きく低下した』と米サンフランシスコ大学ピーター・ローレンツェン准教授は指摘する。同氏はSARS流行時には存在しなかったソーシャルメディアが、中国共産党の情報統制には恒常的な脅威になっていると話す。

 『私がみるところ、習氏だけではなく共産党はすでに、内部告発による情報や統治の改善といった利点より、一党支配の安定性や正当性が潜在的に脅かされる影響の方が大きいと判断したようだ』。

 蒋医師の功績は、中国の公式記録から徐々に消えている。2004年、同医師は首相に公開書簡を送り、1989年6月に1000人以上の犠牲者を出した天安門事件を再調査するように求めた。この書簡のために蒋医師は短期間拘束され、首都北京では永久に顧みられない存在となってしまった。

 新華社通信など国営メディアのサイトで蒋医師の名前を検索しても見つからない。『政府が(同氏の)記録をネット上から抹消しようと非常に活発に動いているのが分かる』とエリザベス・ブルナー氏は言う。同氏には『中国における環境行動主義、ソーシャルメディア、抗議』(邦訳未刊)という著書がある。『こうした出来事や人々についての言及は増えてしかるべきだが、それらの記録は消されつつある』と同氏は述べた」(2020年2月4日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版)。

 

【補】

 「中国の著名学者ら少なくとも50人以上が11日までに、当局が新型肺炎に関する情報を統制したことで感染拡大につながったとして、言論の自由を保障するよう中国政府に求める連名の声明を出した。新型コロナウイルスのまん延は『言論の自由の封殺によって引き起こされた人災だ』と非難している。

 声明は、肺炎の存在にいち早く警鐘を鳴らして当局に摘発された男性医師、李文亮さんが新型肺炎で7日に死去したことを受け、インターネット上に公開された。北京大の憲法学者、張千帆教授らが署名。『人民の知る権利が奪われた結果、数万人が肺炎に感染し、死者は千人に上った』と指摘した」(2020/02/11 共同通信)。

 

【補】

 「中国の著名人権活動家で、習近平国家主席に対し新型コロナウイルス流行を含む危機管理手腕を批判、退陣を求めていた許志永氏が15日夜、警察に拘束されていたことが分かった。友人の活動家らが17日明らかにした。

 許氏は憲政や司法の改革を訴えてきた活動家で、2012年に『新公民運動』を立ち上げた人物。友人の活動家によると、許氏は昨年12月に福建省アモイでの人権集会に参加後、身を隠していた。同氏の拘束に先立って、集会に参加していた別の4人も拘束されたという。

 米国拠点の国際人権団体『ヒューマン・ライツ・ウオッチ』の中国担当者によると、北京にいた、許氏の交際相手の女性も15日以降、連絡が取れなくなっている。

 許氏はここ数週間、新型ウイルスへの政府の対処を批判する文書を多く出し、今月4日にはウエブサイトで、習氏に辞職を要求していた。

 許氏は2014年に新公民運動での活動を理由に懲役4年の実刑判決を受け、服役した」(2020/02/17 ロイター通信)。

 

【補】

 「中国外国人記者クラブは、2日、『中国当局が記者証発行の許可を利用し、外国人記者への圧力を強めている』と非難する調査結果を発表しました。

 中国国内で外国人が記者活動をするためには、中国政府が発行する記者証が必要となります。

 通常はおよそ1年間の記者証が発行されますが、中国外国人記者クラブが特派員114人の回答をまとめた調査結果によりますと、2019年には、少なくとも12人の外国人記者が、記者証を半年以下に短くされるケースがあったということです。中国に対する批判的な記事が阻止される傾向があると指摘しています。また、80%以上の記者が、取材の妨害や嫌がらせにあったとしています。

 一方、中国外務省は、外国人記者クラブを『組織として承認したことがない』と述べ、調査結果は効力をもたないと主張しました。その上で、『中国は法にのっとって各国記者の取材や活動を支持してきた』と述べ、外国メディアは『中国の法律や報道のモラルを守らなければならない』と強調しました」(2020/03/03 TBS NEWS)。

 

【補】

 「武漢に在住する女流作家の方方(ファン・ファン)は、武漢閉鎖から54日目となる3月16日深夜に新浪ブログで、同じ作家でドイツ在住の厳歌苓が書いた文章がネットから削除されたことに触れてつぶやいた。

 『友人に転送しようと思っていたのに、もう削除された。ご承知のとおり、ここでは欺瞞に満ちた(当局の)担当者がまず文章を削除する。われわれは削除という行動に対して、茫然となっているだけ。自分がネットで書いたものはいつ、何が違法だったのか。これはいままで誰からも教わったことがなく、受け入れるしかなく、受け入れざるをえない』

 方方のような著名人物の公開日記をいとも簡単に削除するなら、普通の人々は自分のつぶやきがなぜ日常的に削除されているのか、まったく理由がわからないのは当然だ。

 国営の人民出版社傘下に月刊『人物』という雑誌がある。2020年3月号(3月8日発売)の特集は『武漢の医師』だった。その2番目の記事では、武漢中心病院救急部長の艾芬(アイ・フェン)のインタビュー記事を取り上げている。

 取材時点の同病院では200人以上の職員が新型コロナウイルスに感染し、死去した医者も数人いた。記者はなぜ新型コロナウイルスの情報をキャッチしていながら情報を発信できなかったのか、なぜあまりにもひどい代償を払ったのか、これからどうなるのかといった質問を中心に艾医師にインタビューを行い、彼女の回答を淡々と記述している。

 これは、武漢情報隠蔽を暴露したインタビューだった。

 記事の中では、武漢中心病院のトップである共産党委員会書記の名前、さらにその書記の下で働く院長の名前、言葉などは一切伏せられ、その肩書さえも触れていなかった。

 ただし、読者は記事の行間から病院上層部の権力濫用や情報隠蔽、隠蔽の代償などを読み取れる。また同記事の下にあるコメント欄を見てみると、書記の人物の背景や院長の無能さなどが赤裸々に暴かれている。

 艾医師のインタビュー記事は3月10日にネットにも掲載されたが、配信からほぼ2時間後に削除された。

 中国では新型コロナウイルスの感染拡大以降、かつてないほどのネット記事やブログの文章が大量に削除されている。国民全員がCCTVの番組で報道されているように、現状の感染対策に満足し、政府の恩恵に心より感謝するような雰囲気を作り出したいと政府は思っている。

 しかし、新型コロナウイルスによって市民の生活は確実に苦しくなった。『方方日記』で書かれているように治療も受けられないまま死んでいく市民もいるし、艾医師のインタビュー記事で明らかになったように行政の隠蔽や、多くの医療関係者の犠牲もまた事実である。

 CCTV新型コロナウイルスとの戦いに関する光の側面ばかりをクローズアップしている。だが、真に市民の共感を得ているのは、取り上げられない影の部分を伝えている『方方日記』や一部メディアの報道だ。

 ネットの記事や文章を削除すれば、ほとんどがそのまま消えていく。しかし、影響力のある記事や文章は削除されても、のちに何らかの形で復活する」(2020/3/19 東洋経済・陳 言の記事の要約)。

断章115

 今そこにある日本の危機は、4つであるとわたしは思う。実は、先日まで、3つだと思っていた。金は増えないが、心配事は増えるのである(いやいや、低学歴でアタマが良くないから、考えが浅すぎるのだという声が聞こえる)。

 

 1つ目は、大事なことなので何度でも書くが、巨大地震の襲来である。

 政府の地震調査研究推進本部地震本部)によると、今後30年以内にマグニチュード(M)8~9クラスの巨大地震が起こる確率は、静岡県から九州沖合にかけての南海トラフ沿いが70~80%と予測されている。さらに、北海道東部の千島海溝沿いを震源とする巨大地震も警戒されている。困ったことに、今日もナマズは元気だった。

 「2月1日(土)2時07分頃、関東地方で最大震度4を観測する地震がありました。震源地は茨城県南部で、震源の深さは約70km、地震の規模(マグニチュード)は5.3と推定されます」(2020/02/01 ウエザーニュース)。

 

 2つ目は、ブラックスワン(大金融恐慌)の飛来である。

 「1月31日の米株式市場でダウ工業株30種平均は4日ぶりに反落し、前日比603ドル41セント安の2万8256ドル03セントと約1カ月ぶりの安値で終えた。下げ幅は昨年8月23日以来ほぼ半年ぶりの大きさ。新型肺炎の感染拡大で世界景気の先行き不透明感が強まった。業績が景気動向に影響されやすい資本財・資源をはじめ幅広い銘柄に売りが強まった」(2020/02/01 日本経済新聞)。

 「現在大騒ぎとなっている新型コロナウイルスの(注:世界の相場への)影響はどのように捉えておけば良いのか。(注:ロイター通信の記事によると)2017年に発表された論文では、パンデミック・リスクから予想される年間損失は約5,000億ドル、つまり世界所得の0.6%と推定されている。またマーケットにおける価格形成に関しては、影響は限定的だとしている。2003年に中国当局SARS重症急性呼吸器症候群)の発生をWHO(世界保健機関)に報告した後、MSCI中国株価指数は世界の指数に比べて大きく下落したものの、わずか6カ月で失われた分を戻したとしている。

 (注:しかしながら、今回は)世界経済における中国の存在感が2003年当時とは比較にならないほど大きくなる中、前回の経験則はもはや役に立たないかもしれない」(1月30日 石原 順)。

 「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」。蝶がブラックスワンに変態することもあるのが、相場である。

 

 3つ目は、パンデミックである。今回の新型肺炎のような、「ある病気が国中あるいは世界中で流行すること。ある感染症の世界的な流行」(WIKI)のことである。

 「日本に持ちこまれた新型コロナウイルスが野生(というより、都市部に棲息する)動物を媒介に感染拡大する可能性にも言及しておく。ハクビシンが、いま東京都内で大量に発生しているのをご存じだろうか。

 たとえば、新宿区のホームページを覗けば、ここ十数年の間に、アライグマといっしょに急速に増えはじめ、対応に追われていることがわかる。都内での駆除数は毎年、数百頭単位で推移しているが、それでも追いついていかない。同区が貼り出した『野生鳥獣にエサをやらないで!』という注意書きポスターにはハトといっしょにハクビシンの絵まで描き込まれている。

 東京に持ち込まれた新型コロナウイルスを、再びハクビシンが媒介しないとも限らない。そうでなくとも、ハクビシンやアライグマは複数の人獣共通感染症を持つことで知られる。

 これだけ地球規模でヒトの移動がたやすくなった時代だ。春節を迎え、中国人が日本に押し寄せている。中国の旅行会社の調査によれば、中国人観光客に人気の旅行先1位は日本だそうだ。SARS発生当時と比べ、訪日中国人の数は20倍以上に膨らんでいる。

過去の経験に学ぶのであれば、少なくともここに記しただけのことは知っておきたい」(2020/01/25 東洋経済・青沼 陽一郎の記事を要約)。

 

 そして、4つ目は、中国・習近平指導部(紅い首領と貴族たち)の策略と軍事的冒険である。というのは、アメリカとの貿易交渉において、中国全体主義・特権官僚の権威は大きく傷ついた。そして、アメリカとの貿易戦争は一休み中にすぎない。そこに、今回の新型肺炎である。

 「WHOは30日夜ようやく緊急事態宣言を出すも、中国への渡航・交易制限を否定し、むしろ中国の努力を評価した。事務局長と習近平のチャイナ・マネーで結ばれた仲が、人類の命を危機に向かわせている。その罪は重い。(中略)

 WHOのテドロス事務局長(エチオピア人)と習近平国家主席とは入魂(じっこん)の仲である。テドロスは2005年から2012年まではエチオピアの保健大臣をしていたが、2012年から2016年までは外務大臣を務め、中国の王毅外相とも非常に仲が良い。

 エチオピアは『一帯一路』の要衝の一つで、たとえば鉄道建設などにおいて中国が最大の投資国(85%)となっている。チャイナ・マネーなしではエチオピアの国家運営は成り立たない。そのことを熟知している中国は、それまでの香港のマーガレット・チャンWHO事務局長(注:10年間務めた)の後任選挙でテドロスの後押しに走り回ったが、2017年5月23日のWHO総会における選挙で見事に成功している。中国の狙い通りテドロスが当選し、2017年7月1日に事務局長に就任したわけだ。(中略)

 中国紙は、習近平と会談したテドロスが概ね以下のように述べたと伝えている。

 ―― 中国政府が打ち出している政治的決心は尊敬に値する。習近平自身が自ら率先して予防対策と治療に関する指揮を行い、国を挙げて全力を注いでいるその姿は絶賛に値する。中国人民を守るだけでなく世界人民をも守ろうとするその姿勢に、WHO事務局長として感謝する。

 この日同時に、国連のグテーレス事務総長が『ほぼ同じ言葉』を用いて、中国を絶賛したのは注目に値する。グテーレスはポルトガル人。中国の特別行政区であるマカオをかつて植民地支配していたのはポルトガルなので、その関係を通して、『中国とグテーレス』は非常に緊密な関係にあり、2016年末で国連事務総長の任期が切れる潘基文(パンギムン)に代わってグテーレスを次期事務総長に押し上げるべく水面下で活発に活動したのも習近平政権だ」と、遠藤 誉は暴露している。

 このWHO事務局長と国連事務総長のあからさまな忖度(へつらい)があっても、中国・習近平指導部の権威失墜は、極めて大きなものであろう。全体主義国家の指導部としては、何とかして、権威・威信の回復を図らなければならない。かつてソ連が、最後の転落でアフガンに侵攻したようなことが尖閣諸島などで起きないとは言えないのである。国家、とりわけ全体主義国家は、軍事的冒険の勝利によって失墜した権威を回復しようとするのであるから。

 

【補】

 「台湾の国防部(国防省に相当)は2月10日、中国軍の轟(H)6爆撃機が同日午前、西太平洋に進出した際、護衛機が台湾海峡の中間線を越え台湾本島側に侵入したと発表した。中間線は中台間の事実上の停戦ラインで、中国軍機の中間線越えが明らかになるのは2019年3月末以来。

 国防部によると、侵入時間は『短時間』で、台湾側の戦闘機が無線で警告し、中国軍機は中国本土側に戻った。機種や詳しい飛行経路は明らかにしていない。

 中国軍は9日にも、H6と殲(J)11戦闘機、空警(KJ)500早期警戒管制機の編隊がバシー海峡から西太平洋に進出し、宮古海峡を経て基地に戻る訓練を実施している。

 中国国営新華社通信のサイトによると、中国で対台湾事務を主管する国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は10日、台湾の与党、民主進歩党の指導者が、『米台結託の新たな動きを画策している』と主張。軍の行動は台湾・頼清徳次期副総統の訪米に対抗したものだと示唆した。

 一方、台湾で対中政策を主管する大陸委員会は10日、中国当局新型コロナウイルスの感染の拡大防止に集中するべきで、『民族主義感情をあおって注目点をそらすな』とする声明を出した」(産経新聞)。

 

【補】

 「北朝鮮新型コロナウイルスの拡散を防ぐため中国やロシアとの国境を封鎖、海外との取引もほとんど絶たれており、国内経済への大きな打撃が懸念されている。経済発展を掲げる金正恩朝鮮労働党委員長にとって痛手は避けられない情勢だ。

 すでに近隣諸国との航空便や列車の運行を取りやめ、最近入国した外国人には数週間の強制検疫を実施、海外からの観光客受け入れも中止しており、国の閉鎖に拍車がかかっている。『彼ら(北朝鮮当局)は貨物の流入を許さず、中国人も締め出している』と、中国との国境付近の状況を直接知る人物は語った。

 北朝鮮ではこれまで新型コロナウイルスの感染は確認されていない。これは、同国が頼っている中国など経済的つながりが断絶され、あるいは極端に制限されていることも意味する。

 脱北者でソウル在住のカン・ミジン氏は『北朝鮮市場経済だけでなく、国の経済全体に大きな影響が及ぶだろう。北朝鮮は国産を推奨しているが、菓子であれ衣服であれ原料は中国から輸入している』と述べた。

 ウラジオストク極東連邦大学のアルチョム・ルキン教授は、北朝鮮の経済的リスクの度合いは、閉鎖の長さにかかっていると指摘。『数か月あるいはそれ以上になれば、相当な悪影響を与えることは確かだ』と述べた。

 最近の韓国の貿易協会のリポートによると、2001年には17.3%だった北朝鮮の対外貿易に占める中国の割合は、去年91.8%に達した。数千人の中国人観光客も大きな経済効果をもたらしている。

 米国との非核化交渉が暗礁に乗り上げるなか、今回の新型ウイルス危機で北朝鮮の立場が弱まることも考えられる。

 ルキン氏は、経済的苦境を埋め合わせるため、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射や核実験など挑発行為に出る可能性を指摘。『コロナウイルス問題がすぐに解決されなければ、北朝鮮の状況は今年一層厳しくなる』と述べた」(2020/02/04 ロイター通信)。

断章114

 つい先日の日本経済新聞によれば、「2019年の自殺者数が統計を開始した1978年以来、最少の1万9959人となったことが17日、警察庁の集計(速報値)で分かった。減少は10年連続で、人口10万人当たりの自殺者数(自殺死亡率)も前年より0.7人減り、15.8人となった。速報値が2万人を切ったのは初めて。ただ3月発表の確定値は例年増加する傾向にあり、最終的な自殺者数は2万人超となる可能性が高い。

 政府は17年の自殺総合対策大綱で自殺死亡率を米国やドイツの水準に並ぶ13.0人以下にすることを目指しており、データをまとめた厚生労働省は『約2万人の方が命を絶たれており、依然として深刻な状況。引き続き対策をしっかりやっていく』とした。」

 

 自殺者本人と近しい者の絶望感、悲しみは、言葉にし難いものだ。

 「どうして人は自殺するのであろうか。自らの物理的、精神的生活条件が耐えがたく思われ、多かれ少なかれ近い将来においていかなる変化の希望も持てないときに、人は自らの人生に終止符を打つ。・・・他のヨーロッパ諸国と比べて自殺率が平均的なフランス(自殺率15。自殺率は10万人あたりで計算される)において、自殺しているのは、とりわけ農業賃金労働者や未熟練労働者、さらには老人といった、消費社会の落ちこぼれである。被搾取階級の物質的・精神的な悲惨さの度合いというのが、何らかの社会における自殺率を決定する基本的要素なのである」と、エマニュエル・トッドは、1976年の処女作『最後の転落』に書いた(引用者注:これは、もとは、共産主義圏に暮らす住民の満足度を分析する文脈中のものである)。

 

 しかし、自殺者2万人超の数字をもって、ある人たちのように「日本は地獄だ」と語ることは、一面的に過ぎると言わなければならない。

 

 というのは、ある国には自殺を禁じる宗教教義があり、ある国はおそらく統計数字を操作している(1970年当時、ソ連は、用心深く、自殺率も殺人率も公表していなかった)、ある国は日照不足(一日のうち20分以上太陽光にあたらないでいるとウツ病になりやすい)であり、ある国にはまともな統計をとる役人がいない。また、「北朝鮮」のような全体主義国では、「首領様からいただいた命を粗略に捨てれば、家族を収容所送りにする」とでも宣伝すれば、自殺したくても躊躇するだろう。

 世界保健機関(WHO)が2019年9月に発表した自殺死亡率調査(2016年時分の統計)では、あの麻薬戦争のメキシコが5.1、中国が9.7、「北朝鮮」は11.2であり、ベルギー20.7、韓国26.9、日本18.5である。トラカイ城という青い湖に浮かぶ赤いレンガのまさに絵になるお城で知られるリトアニアは31.9で、一方、アフガニスタンは4.7である。腐敗と失業に抗議して青年が焼身自殺し、「アラブの春」の発端になったチュニジアは3.4である。また、戦争中の国では、自殺が減少することが知られている。

 

 短絡的に言えば、「日本を幸福にするには、イスラム教を国教にすればよい」とも言えるのである。自殺者数、自殺死亡率だけから、短絡的に「日本は地獄」と言うべきではないのである。

断章113

 ネズミ男は、今夜もコタツでまったりしている。

 「まったり」といっても、例えば、自称「知識人」リベラルの法政大学教授・山口二郎氏のように、立憲民主党の新年交歓会から帰宅するや暖炉の前でブランデーを飲みながらマーラー交響曲を聴くような「まったり」ではない(妄想・・・でもない)。

 黒猫の宅配バイトから帰って来て、コタツでココアを飲みながらフレンチロックを聴くのが関の山なのである。「俺の 戦いは 夜明けまで終わらない 自由に目覚め 歩みだせ! スリルに満ちる 人生へ!♪」

 すると、早くに死んだ友、イノシシ男を思い出すのである。ネズミ男とイノシシ男は、似ていなかった。『仁義なき戦い』の金子信雄菅原文太ほども違っていたが、友人だった。イノシシ男は、正義漢でパッションがあった(パッションには、2つの意味がある。1つ目は「情熱」という意味。2つ目は「キリストの受難」)。

 昭和の時代には、低学歴で、アタマがよくなくても、正義漢でパッションがあれば、“啓示”を授けられたものである。「君こそスターだ」ではない。「君は、なぜ、この疎外された否定的現実と闘わないのか?」という“啓示”である(別の用語では、オルグされたという)。

 なにしろイノシシ男であるから、猪突猛進、あっという間に、「パルタイこそが、わたしが、そこに生き、そこに死す場所」となり、「献身性、その忍耐、自己犠牲、英雄主義は限りない」活動家になったのである。ネズミ男も、色々と話を聞かされ、誘われ、手伝いをしたこともある。

 小出版社の争議・会社占拠の応援泊まり込み、深夜に電柱にステッカーを貼りに行き、釜ヶ崎の越冬支援に行く。不眠不休の活動、ギリギリの生活。それでも、個人の奮闘とは無縁に、時代は回る。パルタイは(指導部は)、彼のような下部活動家を利用主義的に使い捨てにする路線を進んでいった。

 ある日突然、イノシシ男は姿を消し、後に、雪国で死んだと聞いた。当時、街には、中島みゆき「ファイト」が流れていた。

 ――― パッションには、2つの意味がある。1つ目は「情熱」という意味。2つ目は「キリストの受難」。

断章112

 ネズミ男は、遅い夕飯を食べていた。今日も薄味の鍋である。ローテーションで、「鍋キューブ・とんこつ味噌」の日である。ネズミ男は、「『鶏だしうま塩』なら我慢できるとしても、『とんこつ味噌』にはキューブをもう1個追加してほしいなぁ」と秘かに思うのである。

 薄味の鍋を食べながら、「そうそう、鍋と言えば、昔、大蔵官僚が接待で“ノーパンしゃぶしゃぶ”に行ったなんて事件があったなあ~。やっぱり、酒と女と金か~」と、薄ぼんやりと思い出していたら、ハムスター女が話しかけてきた。「ねえねえ」。

 ハムスターが、ヤギのように話しかけてきたら、要注意である。おおむね、金にまつわる相談である。そういう時は、木で鼻を括ったように、「何でしょうか」と素っ気なく答えなければならない。

 「今日は、この後、ポカポカ温泉に行きたいんだけど。ほら~、地下1500メートルからのお湯だから、やっぱり身体の芯まで温まるし、あと少しでスタンプも満杯になるし」と言うのである。「今月は1回行ったから、今日はパスしたら」と答えたら、ハムスター女が叫んだ。「ちっちぇー、おめえの器は、おちょこだな」(彼女は、最近、漫談のねづっちの「嫁ネタ」がお気に入りで、そのパクリである)。普段は、「ハイハイ、器と肝とアレは小さいですから」と、あしらうのである。

 ただ、明後日にはまた義母の病院付き添いもあることだし、サービスしておこうかと、ネズミ男はオッケーしたのである。ひとり静かに読書ができると思ったからでもある。

 そして、三浦つとむ『唯物弁証法の成立と歪曲』に取り掛かった。なぜなら、ネズミ男のように非力な者がヘーゲルのような山によじ登るためには、それを助けるハシゴが必要だと思ったからである。

 

 共産党系「哲学者」の名前が、たくさん出てくる。ミーチン、デボーリン、山田坂仁、甘粕石介、松村一人、原光男。共産党員の「独習文献」に指定された書籍を書いた者もいたに違いない。だが、読むに堪えるものは、何ひとつ残っていない。「まぼろし~」と笑うしかない惨状である。

 

 それはさておき、最初の一篇を読んで、ネズミ男は思ったのである。「日の下に新しきことなし」。「かつてあったことは、これからもあり、かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない」(コヘレト)のだと(この感想が、非弁証法的だとしても)。

 こんな文章がある。「わたしたちは、ずいぶん威勢のいい観念論批判をいくつも知っている。反動的だ、階級的敵対だ、ファシズムの宣伝だ、神学だと、西田哲学、田辺哲学が攻撃されている。自ら弁証法唯物論者と名のる人々の、こういう論文は、はたして真に『弁証法唯物論』の名に値するヨリ聡明な理論であろうか。・・・これらの多くの論文も観念論者を何ら反省させることができず、読者大衆を充分納得させることすらできないという事実は、観念論者がどれもこれも頑迷で、大衆の意識が低いためであろうか。いまの唯物論哲学者は、幾人かの例外を除いて、ただ『否認』をもって事足れりとする俗流唯物論者であり、これによって観念論が消滅するものと思いこんでいるのである」。

 

 まさしく今、自ら「知識人」リベラルと名のる人々も、レイシストだ、ファシストだ、歴史修正主義者だとネトウヨを攻撃するが、何ら反省させることができないし、大衆を「反知性主義」だと軽蔑して「否認」するだけの、俗流リベラルなのだろう。

断章111

 「真の懸念は、中国の秘密主義にある。今に始まったことではない」(ローリー・ギャレット)。

  

 「中国で多発している新型コロナウイルスによる肺炎の患者数は300人を超え、ヒトからヒトへの感染が確認されたことで、帰省や旅行などで大勢の人が移動する1月24日からの春節旧正月)連休中に、感染の拡大が避けられない見通しだ。ネット旅行代理店中国最大手・携程(シートリップ)がまとめた春節の海外旅行先ランキングでは日本が第1位だった。

 中国国家衛生健康委員会は21日、新型肺炎の国内患者数が同日午前0時までに291人に達したと発表した。武漢市を含む湖北省で72人増え、同省の累計患者は270人。ほかは北京市5人、上海市2人、広東省14人。同委は22日午前、肺炎対策について初めての記者会見を開く。

 中国国営中央テレビによると、武漢市では新型肺炎で新たに2人が死亡し、死者は計6人となった」(2020/01/21 時事通信・北京)。

 但し、NHKなどの報道によれば、イギリスの大学「インペリアル・カレッジ・ロンドン」の感染症の専門家チームは、武漢とその周辺の人口、それに海外で見つかった患者の数と武漢の国際空港から海外に旅行する人の数などから患者の数を推計しました。それによりますと、今月12日の時点で武漢では新型コロナウイルスによるとみられる患者が1700人以上に上る可能性があると発表した。

 

 「中国で謎の病気が流行して、香港やシンガポール、台湾にパニックが広がり、中国政府の正確な発表を世界中が待っている。1990年代に致死的なインフルエンザが猛威を振るったときも、2003年にSARS重症急性呼吸器症候群)が大流行したときも、昨秋にペスト患者が確認されたときもそうだった。

 昨年12月12日、湖北省武漢で相次いで原因不明の肺炎患者が出た。少なくとも59人が病院で隔離され、現在7人が重篤な状態とされている。

 中国政府は例によって口を閉ざしている。(中略)

 最初の患者が出てから2週間近くたった12月末に、武漢市当局はようやくウイルス性肺炎の集団感染を発表した。1月10日の時点で、武漢で確認された感染者は41人。さらに医療関係者を除く320人が患者と接触したとみられ、経過観察中だ。

 感染拡大の一因は、情報の遅れだ。香港でも少なくとも16人の感染が確認され、シンガポールでは疑いが1人。そして中国政府は、今回の肺炎の詳しい情報をソーシャルメディアに流した人々に、懲役刑をちらつかせている。

 疾病の大流行に対する中国政府の冷酷さと秘密主義は、習近平政権にとって好ましいものでは決してない。正式な科学的調査の最中だとしても、説明責任の欠如や、噂の流布(と彼らが呼ぶもの)に対する厳格な取り締まりは、国際社会の不信感を増大させている。事実を隠蔽しているのではないか、実はもっと大規模な流行ではないのか、と。

 世界のメディアの大半は、『武漢肺炎』を2003年のSARSに重ねている。SARSは中国本土から約30カ国に広まり、8000人以上が感染し774人が死亡。世界中をパニックに陥れた」(2020/01/14 ローリー・ギャレット)のだった。

 

【参考】

 昨年末、来日した「いま最もすぐれた知性」と目され、日本のメディアからもその発言が注目されているニーアル・ファーガソンは、「これから世界が直面するであろう、例えば環境問題や政治、金融問題などグローバルな課題を3つ挙げるとしたら何でしょうか?」と問われて、次のように答えた。

 「人類が直面している危機として、今どきの答えとして挙げるなら気候変動でしょう。しかしこれは最も差し迫った危機というわけではありません。戦争のほうがより危機的だということは歴史が示しています。核戦争は、じわじわと訪れる気候変動より、瞬間的かつ破滅的な結果をもたらします。

 今は、アメリカ対中国という第2次冷戦期の初期段階に入っていると言っていいでしょう。両国が計算を誤れば、冷戦がいとも簡単に武力衝突となる可能性があります。したがって、私はこれを1番の危機として挙げたいと思います。

 2番目に、ちょうど1世紀前の教訓から、変異型インフルエンザ・ウイルスのほうが気候変動よりずっと差し迫った危機だということがわかります。100年前のいわゆるスペイン風邪は、第1次世界大戦よりも多くの死者を出し、人類を壊滅状態に追い込みました。ネットワーク化された世界がその一因です。これは明日にも起こるかもしれません。そして100年前よりはるかに速く広まるでしょう。

 そして3番目が気候変動ですが、2007年からのCO2の排出量の増加は、主に中国が原因です。次がインド。本当に気候変動が怖くて心配なら、どのようにして中国とインドに制約を課すかを考えなくてはなりません」(2020/01/21 東洋経済)。

 

【参考】

 「スペイン風邪は、1918年から1919年にかけ全世界的に流行したインフルエンザの通称。アメリカ疾病予防官吏センターによるインフルエンザ・パンデミック重度指数においては最上位のカテゴリー5に分類される。感染者5億人、死者5,000万~1億人と、爆発的に流行した。

 流行源はアメリカであるが、感染情報の初出がスペインであったため、この名で呼ばれる。当時は第一次世界大戦中で、世界で情報が検閲されていた中でスペインは中立国であり、大戦とは無関係だった。一説によると、この大流行により多くの死者が出、徴兵できる成人男性が減ったため、大戦終結が早まったといわれている」(Wiki

 

【参考】

 「人類の医学史上、最も大きな謎の一つを解明したかもしれないと研究結果が2014年4月28日に発表された。1918年に大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)では世界中で5000万人が死亡したが、犠牲者が主に若い健康な成人だったのはなぜなのか、これまで明らかになっていなかった。 

 答えは驚くほどシンプルだ。1889年以降に生まれた人々は、1918年に流行した種類のインフルエンザウイルスを子どもの頃に経験(曝露)していなかったため、免疫を獲得していなかったのだ。一方、それ以前に生まれた人々は、1918年に流行したインフルエンザと似た型のウイルスを経験しており、ある程度の免疫があった(注:例えば、1889年の通称アジア風邪。ロシア風邪とも言った)。(中略)

 なので、(注:研究者は)『史上最悪のインフルエンザのパンデミックで罹患者が最も多かった高齢者は、基本的にほとんどが生き残った』と述べる。一方で、18~29歳の年齢層では大量の死者が出て、罹患者の200人に1人の割合で亡くなっている。

 この発見は、猛威を振るう鳥インフルエンザがヒトへ感染するのではという不安の高まる中、将来のパンデミック予防に役立てられる可能性がある」(2014/05 ナショナルジオグラフィックを要約)。

 

【補】

 「新型コロナウイルスの発生以来、感染の中心地となっている武漢市の発表には常に疑念がもたれてきた。そんななか、いくつかの中国メディアが奮闘している。

 2月23日、武漢市の共産党委員会機関紙『長江日報』は、同日午前中に亡くなった29歳の夏思思医師を賞賛する記事を掲載した。

 記事はその中で、『夏思思医師は、新型コロナウイルス感染症の検査で2月14日に陽性と診断された患者の治療にあたった』と伝えた。この記事は中国共産党の機関紙である『人民日報』のウェブサイトにも転載された。

 ところが、中国国営放送『中国中央テレビ』は、2月15日に武漢市衛生健康委員会が『2月14日には新型コロナウイルスの新たな感染者はいなかった』と発表したことを伝えていた。上記『長江日報』が言及した2月14日の感染者は、武漢衛生当局の発表では存在しないことになっていたのだ。

 経済誌『財新』と武漢市の間でも興味深いやりとりがあった。2月20日、『財新』は『11人の高齢者が高齢者福祉施設で死亡』と報じた。

 すると翌日、武漢市はSNSウェイボーの公式アカウントでこれを否定し、『12人が感染、1人が死亡』しただけだと訂正した。そして、『伝染病流行時に流言を拡散すること』は『7年の禁固刑』にあたると警告を発した。

 だが、『財新』は言われるままにはしておかなかった。武漢市による訂正の翌日、同紙の曹文姣記者が、年齢、死因、死亡日を含む同施設の死亡者リストを公開したのだ。

『2019年12月と2020年2月の間に、武漢華南海鮮市場から数100メートルに位置する高齢者福祉施設で19人が亡くなっている』と『財新』は報じた。その後、武漢市はこの情報を否定していない。

 もうひとつ、感染の初期から続いている大きな論争がある。

 1月11日、中国国営通信『新華社通信』は『1月10日午前0時までに、41人の感染が確認され、うち7人が重症、1人が死亡した』と発表した。

 これを受け、米紙『ニューヨーク・タイムズ』は同日『中国が新ウイルスによる初の死者を発表した』と報じた。

 だが、その1週間後、北京の日刊紙『新京報』は別の見解を示した。『中国疾病予防管理センターは最新の研究の中で、2019年12月31日以前に15人の死亡と104人の感染があったことを確認している』と同紙は伝えた。

 同紙はまた上記の記事の中で、中国予防医学会によれば『2019年12月半ばから新型コロナウイルスのヒトヒト感染』が起こっていたと指摘している。

 情報統制がおこなわれる中で、いくつかの中国メディアは読者に正確な情報を伝えるべく努力をしているようだ」(2020/02/28 クーリエジャポン)。