断章125

 不確実な環境下で組織を導くリーダーに必要なもの。「予想外の事態を乗り越えてこの不断の戦いに勝つためには、2つの特性を必要とする。ひとつは、暗黒においても内なる光を点し続け、真実を追究する知性であり、もうひとつは、そのかすかな光が照らすところに進もうとする勇気である」(クラウゼヴィッツ

 

 「世界的な株式市場の動揺が止まらない。27日の米国市場ではダウ工業株30種平均が1190ドル安と過去最大の下げ幅となり、28日午前の日経平均株価も一時700円を超える下げとなっている(引用者注:週末28日のニューヨーク株式相場は、7営業日続落した。ダウ工業株30種平均終値は前日比357ドル安である)。

 新型コロナウイルスの感染拡大が、アジアだけでなく、欧州や米国など世界的に広がり、なお歯止めがかからないからだ。『局所的・早期解決』への期待が次第に消え、『広範囲・長期化』の重い問題となり、世界経済の体力を奪いかねないという懸念に市場の視線が変わってきた。

 世界的な疫病の流行を示す『パンデミック』。このことばが日増しに市場で使われるようになった。米ムーディーズ・アナリティクスのチーフ・エコノミスト、マーク・ザンディ氏は『パンデミックになる可能性は40%に高まった』とする。それまでは25%とみていたが、封じ込められなくなる恐れがある。

 もしそうなると、世界および米国経済が今年上半期に景気後退に陥るとみる。『我々はみな、このブラックスワンが飛ぶことを望んではいない。しかし、それがあり得ることに備えておくのが賢明だ』。・・・新型コロナの感染拡大が、金融市場にとってブラックスワンになってしまう現実味が増しつつある。(中略)

 新型コロナの影響を伝える情報の中心が米国企業に移ってきたことが、今週の明らかな変化だ。米ゴールドマン・サックスは米国の主要企業の今年の1株当たりの増益率はゼロになるとの見通しを出した。増益基調を前提にしてきた楽観論は後退を迫られている。米マイクロソフトは、パソコン関連部門の1~3月期の売上高が事前予想に届かない見込みだと公表した。カード会社も決済サービスへのマイナスの影響を表明した。

 気になるのは在中国の米国商工会議所の調査結果だろう。中国に拠点を置く米企業に新型コロナの拡大が8月末まで収束しなかった場合には『中国での20年の売上高が半減する』との回答が全体の2割に上った。同時に現地のコスト高にも直面している。

 振り返れば、1997~98年のアジア通貨危機LTCM破綻、2000年のIT(情報技術)バブル崩壊、08~09年の米金融危機など、多くのひとが想定していなかったブラックスワンがあらわれるたびに、市場は大きく調整を迫られた。

 米金融危機の場合、米リーマン・ブラザーズが破綻して市場の信用機能が損なわれ、取引相手であるカウンターパーティーリスクへの警戒感が強まったことが危機を増幅した。今回の新型コロナの影響はむしろ、実体面から人やモノの行き来が止まり、企業の目の前から売り上げが消えてしまう。財務の弱い企業や中堅・中小企業ほど体力が奪われてしまうリスクがある。

 それはいまの各国の緊急施策にあらわれている。中国では、中小企業の資金繰りのために、新たに5千億元(約8兆円)の金融支援枠を用意した。ドイツのアルトマイヤー経済相も短期の流動性供給を表明した。今後さらに金融市場の動揺が止まらなければ、各国の追加の金融緩和や財政出動に対する市場の期待も高まってくるだろう。(中略)

 もちろん動揺している人ばかりではないはずだ。今週の米国株の急落にあたり、米著名投資家のウォーレン・バフェット氏は米メディアに対し、『米国のビジネスの10年、20年の見通しが変わるわけでない』という趣旨の発言をしたことが伝わった。

 ・・・ただ、封じ込めに手間取れば手間取るほど、景況感悪化の足音が後ろから高まってくる、そんな局面に入っている」(2020/02/28 日本経済新聞・藤田 和明)。

 

 後手後手かつ小出しで、ほとんど打てる手のない日本と違って、アメリカのFRB連邦準備制度理事会)はいち早く利下げを示唆し、PPT(プランジ・プロテクション・チーム=株式市場の急落を阻止するチーム)も控えているという。さらに、前記ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイの直近の手元資金は、日本円換算約14兆2千億円で、これは期末時点では過去最高である。他に有力ファンドもあり、リーマン・ショックのときのように相場が崩落すれば、買い出動するだろう。

 しかし、たとえ相場(資産価格)が回復しても、失われて帰ってこないものがある。リーマン・ショック後の世界経済を支えた中国経済の“拡大”である。中国当局は、金融・経済にカンフル剤・エナジードリンクをありったけ投入している。だが、中国経済は“拡大”することなく停滞し、流動性を「もっとくれ、もっと」と言うひどい中毒になるだろう。世界は、ますます先が見えなくなる。知恵を絞り勇気を奮い立たせなければならない。

 

【補】

 「中国の2月の製造業の購買担当者景気指数(PMI)は前月比14.3ポイント低い35.7と市場予想の46を大きく下回った。リーマン危機で大きく落ち込んだ08年11月(38.8)も下回り、統計を遡れる05年1月以降で最低を記録した。

 原因は工場の操業再開の遅れだ。大企業は9割が再開したが中小企業は3割止まり。魏建国元商務次官は28日に『原材料の調達難などで操業再開しても生産を継続できない、増産できない問題がある。新規受注がない問題もある』と語った。

 生産動向を映す中国の発電大手6社の石炭使用量をみると、例年ならば春節旧正月)から20日もたてば通常に戻る。今年は1カ月が過ぎても、16~19年の平均の3分の2で低迷したままだ。(中略)

 金融危機の08年、人民元切り下げの15年など製造業が苦境の時も、中国の非製造業は急拡大したインターネット産業を中心に底堅かった。新型コロナは非製造業のほうが打撃が大きく、みずほ総合研究所の三浦祐介主任研究員は『リーマン当時よりも影響が産業全体に及んでいる』と語る」(2020/02/29 日本経済新聞)。