断章428

 日本が自衛し、未来のために戦えるように働く者もいれば、化石化したアタマのままで過去にしがみつき原稿料を稼いでいるインテリもいる。

 

 モーリー・ロバートソンは、「ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ガラパゴス化していた日本の言論空間にも『現実』がなだれ込んできました。例えば、『国を守るより命が大事。ウクライナは早く降伏すべき』と主張する一部の論客に対しては、国際政治や軍事の専門家が『一方的な侵略に屈した後の国家の悲惨さを想像すべきだ』ときっちり反論し、世論も降伏論へ傾いてはいません。また、ウクライナのゼレンスキー大統領による国会でのオンライン演説を巡っても、立憲民主党の泉 健太代表がツイッターで『内容の調整』の必要性を訴えると、専門家から総ツッコミが入りました。こうした“本筋からズレた意見”の問題点がはっきりと示され、かつそれが広がり、本丸となるべき議論に軸が置かれ続けているのは大きな変化だと感じます。ある面ではようやく『戦後』が終わろうとしている、ともいえるかもしれません。戦後70年以上にわたり培われてきた日本独自のエコシステムの中で、世界の現実とはかけ離れた『平和』を語ってきた知識人の多くは、おそらく引き出しからどんなボキャブラリーを探しても、今の状況で人々に響く言説を展開することは難しい」と、4月4日、週刊プレイボーイで述べた。

 

 それでもまだ相変わらず、“本筋からズレた意見”を広めているインテリがいる。

 たとえば、山口二郎は、4月25日付け韓国・ハンギョレ新聞で、「ロシアの侵略は、中国に同様の軍事的抑圧行動を促すのではないかと懸念する声もある。北朝鮮がミサイル開発をいっそう加速していることも事実である。これに対応して、日本国内では戦争放棄をうたった憲法9条を改正すべきという主張も広がっている。しかし、戦争はおびただしい死と破壊をもたらすだけだというのが現実である。民主主義と自由を保ち、人命に最高の価値を認める国々は、戦争を起こさせないための話し合いの努力を強化しなければならない。日本が取り組むべきは、まず日韓関係を修復することである」と、ボケている。

 

 この世界(戦争と外交)の真実を知るためには、ソ連に長く支配されてその残虐さや恐怖を体験し、EUNATO加盟国でありながらもロシアの次のターゲットではないかと指摘されるバルト三国の声を聞くことが有益であろう。

 デジタル変革を遂げ、電子国家として知られるエストニアの首相カヤ・カラスが、ウクライナで見られるロシアの残虐行為は、かつてエストニアが経験したものだと、イギリス誌に寄稿した。「クーリエ・ジャポン」に転載されていたので紹介したい。

 

 「私がこの原稿を書いているのは、ウクライナの首都キーウ近郊にあるイルピンやブチャの惨状を見て、世界が目を覚ました頃だ。ロシア軍によって殺害された市民や集団墓地の写真を私たちは目にする。

 これらの写真は、ソビエト政権とその秘密警察であった内務人民委員部(NKVD)による殺戮をエストニアの人々に思い起こさせる。その国家によるテロリズムマシンは、まったく同じように市民を殺害したのだ。

 ロシアに送還する前に尋問をする浄化キャンプや強制送還について耳にすると、私やすべてのエストニアの家族は、ソ連占領下の抑圧や収容所での辛い思い出に引き戻される。

 民間人を狙うのはロシアの戦術だ。その証拠に、ウクライナでは兵士よりも市民のほうが多く殺傷されている。特に市民の人口の4分の1が自宅からの避難を余儀なくされていること、ロシアがマリウポリのような都市で人道的な大惨事を引き起こしたのが偶然ではないことからもそう言える。(中略)

 ウクライナで何千人もの人々が命を落としているのを見ると、一人の母親として私の心は痛む。クレムリンは自国の若者を戦地に送って死に追いやり、罪のない人々を虐殺し、彼らの家を大量に砲撃している。

 これらは何のためだろうか。ウラジーミル・プーチン帝国主義的野心のためである。ソ連は崩壊したが、その帝国主義イデオロギーはまったく失われていなかったことがはっきりした。

 プーチンの戦略的目標が変わっていないため、ウクライナの苦しみと惨状はまだまだ終わらない。銃を突きつけた上での交渉はさらなる戦争を回避するための解決にはならないし、犠牲を払って平和をもたらしても残虐行為がなくなるわけではない。

 私は、これを自国の経験から述べている。第二次世界大戦後、エストニアや他の多くの国々にとって、平和は、多大な人的犠牲を伴うソ連による占領の始まりを意味した。大量殺戮、抑圧、大量の強制追放、その他の人道に対する罪が行われ、新たな苦しみがもたらされたのだ。

 エストニアの経験から言えるのは、ウクライナを占領軍から解放してその領土を回復し、ロシアの侵略を阻止するよう、私たちは今集中的に支援しなくてはいけないということだ。ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が勇敢な戦いを率い、彼が極めて困難な選択をしていることに対し、私は称賛しかない。

 ここ数十年の間に警告のサインはすべて出ていた。帝国に対するノスタルジー、ロシアは犠牲者であると語るストーリー、プーチンによるチェチェンジョージアグルジア)、ドンバス、クリミアでの紛争などだ。

 また、ロシア、トルコに次いでヨーロッパで3番目に大きい領土、人口4400万人を抱えるウクライナが存在する権利はないという発言も聞かれた。昨年12月、ロシアはNATOに対して最終通告を行い、軍隊と武器の配備を制限して、事実上加盟国数を1997年当時の規模に戻すよう求めた。

 プーチンの過去3回の戦争は、なぜ彼がこの戦争に勝利してはならないか、なぜモスクワがこのプロセスで何かを得たふりをすることが許されないかを示している。私たちは過去に何度もプーチンにこの侵略を許してきたが、今再びそれを許すわけにはいかない。

 そうすれば、プーチンの欲望はますます高まり、より多くの残虐行為とより多くの人々の苦しみが後に続くだろう。

 ロシアによるウクライナでの戦争により、ソ連の占領から脱した中東欧の国々がなぜいち早くNATOへの加盟を求めたのかを改めて浮き彫りにした。同盟はロシアを脅かすためではなく、防衛のために存在する。何千万人もの人々が独裁者の奴隷となり、虐殺されないよう守るためにあるのだ。ソ連、そして後のロシアの動きゆえに、これほど多くの国がNATOへの加盟を望んだのだ。

 NATOを『拡大』や『エスカレーション』と非難する人々は、クレムリンが追求するまさに帝国主義的なイデオロギーと言語に屈している。これらは、国家主権と民主主義の原則に反する。

 私たちが生きるのは、時代を画する瞬間であり、今下す決断は何十年にもわたって私たちについて回るだろう。戦争は欧州連合EU)加盟国の国境に接している。

 ウクライナに対する私たちの対応と支援こそが、今後この大陸で永続的な平和が実現可能かを決定する。私たちが取るべきは、『スマートな封じ込め』というラベルの下に行動を起こすことだ。

 まず、ウクライナへの軍事支援が最優先されなければならない。これが意味するのは、ウクライナの人々が必要とし、要求している武器や物資を送ることだ。彼らは、自国の空を守るための支援だけでなく、自分たちの都市を取り戻し、ロシアの占領と抑圧から人々を解放するための支援を必要としている。(中略)

 第二に、私たちはクレムリンとその戦争マシーンを経済的に弱めなければならない。その収入がなくならない限り、ロシアはその侵略と虐殺を続けられるだろう。炭化水素を主成分とする天然資源は、昨年のロシア国家予算の主要な収入源(40%以上)であった。今年は、その需要の増加と価格の上昇により、ロシア最大の収入源に急速になりつつある。

 もし自由世界がプーチンの戦争への資金供給を止めたいなら、できるだけ早くこれらの収入を枯渇させることに注力しなくてはならない。もし炭化水素の購入を一度に止められないならば、ロシアの石油とガスの代金の一部を留保する特別な第三者預託口座を設けるべきだ。そうすれば、クレムリンの受け取る収入は急速に減少する。

 また、この戦争がロシアに莫大な損失をもたらすという明確なシグナルをプーチンに送れる。ロシアは軍隊が撃った弾丸の代金だけでなく、ウクライナで破壊された橋や砲撃された家屋の代金を支払うことになる。クレムリンはその損害に見合った対価を支払わなければならない。

 第三に、NATOは、自国の領土を隅々まで守り、必要であれば武力行使する決意と能力、準備があることを示さなければならない。平和を実現する最善の方法は、ときには軍事力の行使も厭(いと)わないことです。(中略)

 NATOはこれまでで最も成功した防衛同盟であり、その歴史において一度も軍事的な侵略を受けたことはない。これには明確な理由がある。抑止力が働いているのだ。この状態を維持するため、軍事態勢を適切に変えていく努力が必要だ。

 NATOの防衛態勢に関しても長期的な政策転換が必要だ。つまり、バルト三国に常駐する戦闘可能な部隊を増やし、長距離砲兵、防空、その他の能力を持たせるべきだ。その上空を飛ぶNATOの戦闘機や、バルト海を航行する艦船の数も増やすべきだ。この計画は現在進行中で、最終的には6月のマドリッドでのNATO首脳会議で決定される予定だ。

 ウクライナは、正気を失った人間による一度きりの誤算の犠牲者ではない。私たちが目撃しているのは、人的犠牲があろうとも、力づくで近隣諸国を支配しようとするクレムリンによる長期にわたる計画的なキャンペーンだ。この侵略を食い止め、新たな暴発を防ぐためには、戦略的な忍耐と長期的に政策を維持する必要がある。

 ロシアのウクライナに対する侵略は人類に対する攻撃であり、その影響は世界的なものになる。これに立ち向かい、阻止するためには、勇気と道徳的な善悪の区別と行動が必要だ。私たちは『二度と引き起こさない』と約束した。本当にこれが最後であってほしいのなら、私たちは今すぐ行動しなければならない。無関心はすべての犯罪の母だ」。

 

 「銃を突きつけた上での(外交)交渉はさらなる戦争を回避するための解決にはならないし、犠牲を払って平和をもたらしても残虐行為がなくなるわけではない。

 平和を実現する最善の方法は、ときには軍事力の行使も厭(いと)わないこと」が、この「アナーキー」な国際社会で生き残るための真実の声である。