断章232

 「ちょっかいをしかけてくる外敵に対して自衛することのできない社会は、かならず自主独立を失い、場合によっては集団としてのアイデンティティをも失って離散消滅するであろう」(『戦争の世界史』)。

 

 鳥は余りにも飛びすぎて、羽はボロボロになり、すっかりくたびれ果てて、巣の中に籠(こも)っている。なので、見ようによっては、鳥はいなくなったように見える。すると、鳥無き里のコウモリ(注:すぐれた者や強い者のいない所で、つまらない者がいばることのたとえ)ということが起きるのである。

 2001年のアルカイダによる本土攻撃以来、アメリカは20年に及ぶ戦争を、あのアレキサンダー大王でさえ弱音を吐いた地域で継続してきた。そして諸々の要因の重なりによって、世界を飛び回ることが困難になっている。コウモリは、「いよいよ出番だ」と腕まくりしている。

 

 「中国とインド両軍がにらみ合っているインド北部ラダック地方の係争地域で、中国軍が『マイクロ波』による攻撃を仕掛けたと中国の学者が16日までに明らかにした。攻撃を受けたインド兵は占拠地の一部から撤退し、奪還に成功したと主張している」(2020/11/16 毎日新聞)。

 本当にそうなら、それは南シナ海でも尖閣諸島でもありうることである。インド・ヒマラヤの風は冷たいが、日本周辺海域の波も高いのである。

 

【参考】

 「さまざまな予想が飛び交っているが、結果がどうなろうと、ひとつだけはっきりしていることがある。仮にバイデン氏が大統領になったとしても、米国がいきなり世界への関与を深め、かつてのような指導力を振るうわけではないということだ。いま各国にとって大切なのはこの現実に目を向け、今後の対応をより深く考えることだ。

 むろんバイデン氏が勝てば表面上は、米国が発信する政策は大きく変わるだろう。温暖化対策の国際枠組みである『パリ協定』や世界保健機関(WHO)への復帰、同盟の再生……。バイデン氏は1月20日の就任日にこれらを表明し、『米国が戻ってきた(The US is back)』と宣言するに違いない。

 しかし、世界のリーダーに求められる外交力や政治力を、米国がただちに取り戻せるとは思えない。米国は今、長い治療を要する内患に苦しんでいるからだ。バイデン陣営の幹部もそのことは分かっている。同氏の外交・安全保障ブレーンは最近、欧州の一部識者との会合でひそかにこう力説したという。『自分たちが政権を取っても、すぐに米国が世界に復帰(come back)すると思わないでほしい。新型コロナウイルスへの対応など、当面は国内の難題に忙殺される。米国が何をしてくれるかではなく、米国復帰のために何ができるか考えてほしい』。

 米国は中東やアフガニスタンで約20年、米近代史上で最長ともいえる戦争を続けてきた。米社会には戦争疲れが広がっている。米シカゴ・グローバル評議会の世論調査(今年7月)によると、国際問題に積極的に関与すべきだと考える人は68%で、2年続けて減った。外交目標の実現に極めて効果的な方法をたずねると、同盟維持は55%、軍事介入は17%にとどまる。他国への軍事支援については共和、民主両党の支持層の36~47%が減らすべきだと答えた。

 新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかける。感染による死者は22万人を超えた。ベトナム戦争の4倍に迫る人数だ。コロナ対策で、財政赤字先の大戦に次ぐ規模にふくらみ、貧富の格差もすさまじい。1%の金持ちが米株式・投資信託資産の約半分を占めるほどだ。

 米政治に詳しいラリー・サバトバージニア大教授は『南北戦争を除けば、米国はいま最も分断された状態にある』と語る。まず、この分断を癒やし、国内をまとめなければ、米国が世界のリーダー役を担うのは難しい。それには数年ではなく、十数年かかるかもしれない。

 だとすれば、少なくともその間、他の民主主義国が中心になって米国の役割を補い、秩序が壊れないよう支えていくしかない。主要7カ国(G7)のメンバーである日英独仏、イタリア、カナダといった準大国(ミドルパワー)が、まずその役目を引き受ける必要がある。

 こうした情勢を話し合おうと、日英の政治家や有識者による日英21世紀委員会は9月11~12日、オンラインで会議を開いた。約7時間にわたる議論では、次のような意見が印象的だった。

・仮にバイデン政権が生まれても外交上、米国に過剰な期待を抱いたり、性急に何かを要求したりするのは賢明ではない。

・国連機関などに米国を深く関与させるには、米国も恩恵を感じられる姿に改革する必要がある。

・それにはミドルパワーが主導的な役割を果たすしかない。

 日本は何ができるのか。日本は環太平洋経済連携協定(TPP)を主導するなど、通商分野では米国の「不在」を埋める役割を果たしてきた。米国以外の準大国(ミドルパワー)の役割が重要になる

 より課題になるのは安全保障である。インド太平洋では核保有国の中ロやインド、パキスタンがひしめき、朝鮮半島台湾海峡でも緊張が高まっているからだ。そこでヒントになるのが、政策研究大学院大学が今週まとめた提言だ。日米豪印による定例協議を首脳級に格上げし、そこに英国などを加える。米中ロ印パを含めた、インド太平洋のミサイル管理の枠組みを提唱する――ことなどを挙げている。後者の実現は簡単ではないにしても、議論に一石を投じる意味はある。

 もっとも、日本自身が防衛への投資をもっと増やさなければ、こうした提案は説得力を持ちづらい。日本が安定した防衛力を整えなければ、地域の安全保障も損なわれてしまうからだ。日本の防衛予算は国内総生産GDP)の1%程度にとどまっている。中期的に、北大西洋条約機構NATO)が基準とする2%をめざすべきだ。

 米民主党系のシンクタンク幹部は、『バイデン政権が生まれ、日米同盟の強化に動いたら、日本側はどう応えてくれるのか。防衛予算をGDP比2%に増やす用意はあるだろうか』と問いかける。米国の同盟国であるオーストラリアは向こう10年間で国防予算を1.4倍に増やす方針を決めた。現地メディアによると韓国はGDP比ですでに約2.5%の予算を3%にもっていく目標を掲げる。

 米国の一極体制が終わったといわれてから久しい。準大国が米国の指導力に頼っていればよかった休息の時代は終わった」(2020/10/29 日本経済新聞電子版・秋田 浩之)。