断章416

 哲学者を名乗る内田 樹が、AERA朝日新聞出版が毎週発行する週刊誌)3月28日号に書いた記事がAERAdotにあった。

 「ウクライナ侵攻が始まって3週間余りが経過した。侵略3日後に私はSNSにこう書いた。『プーチンのシナリオは(1)電撃的にウクライナ軍を撃破(2)キエフ占領(3)大統領逮捕(4)傀儡(かいらい)政権樹立(5)傀儡政権によるロシアとの平和条約締結と東部独立承認(6)反ロシア派市民の大量国外脱出、というものだったと思う。それを48時間以内くらいで仕上げるつもりだった。ふつう戦時大統領に対しては熱狂的に支持率が高まるが、ロシア国内世論はそうなっていない。プーチンが一番恐れているのは国内で<この戦争には大義がない>という世論が広まることだろう』。

 プーチンのこのシナリオは破綻(はたん)した。親露派による傀儡政権を立てて、ウクライナ属国化の既成事実を作ってしまえば、欧米は足並みが乱れて効果的な制裁に踏み切れない。プーチンはそう予測してことを始めたのだと思う。私のような門外漢でも公開情報からそれくらいのことは推測できる。

 問題なのは私のような素人でも推理できる程度の『プランA』だけしか持たずにプーチンが戦争を始めたらしいということである。短期間に首都を制圧できなければ当然泥沼の持久戦になる。ウクライナ市民の抵抗の意思は強く、士気は高い。一方、ロシアの側には国内外から熱烈な支援を集められるほどの大義がない。『ウクライナ政府はネオナチに支配されている』というプロパガンダを信じるのは情報統制下にあるロシア国民だけだろう。この国際的孤立の中でどうやってロシアは退勢を挽回(ばんかい)する気なのか。

 プーチンは早々と『核攻撃』というカードを切ってきた。これは第3次世界大戦を始めてもいいのだという意味である。自分が退場する時には人類を道連れにしてもいいという意思表示である。『プランA』がダメならBもCもなく、いきなり『プランZ』というのは要するに『プランがなかった』ということである。これは大国の指導者としてはあり得ない失策である。失敗の可能性をゼロ査定して戦争を始めた時点でプーチンはすでに負けていた。彼が何億人かを道連れにできたとしても『負けた』という歴史的事実は変わらない」。

 

 まるで床屋政談あるいはアマチュア軍学者のような筆致だから、わたしも内田の論説に同様な突っ込みを入れてみよう。

 第一に、侵略3日後に内田がSNSに書いたという「プーチンの6段階のシナリオ」なるものは、わりと早くからイギリス国防省筋なるものが流していた「シナリオ」で、独自の目新しい分析ではない。

 第二に、「問題なのは私のような素人でも推理できる程度の『プランA』だけしか持たずにプーチンが戦争を始めたらしいということである」というが、どうしてそんなことが今の段階でいえるのか? B、C、Dとあって、考究の結果、プランAを採用したが、まもなくプランBに切り替えるかもしれない。なにしろ、ロシアの戦争目的が、ウクライナの併合なのか、“ベラルーシ化”なのか、“フィンランド化”なのか、東部2州の併合なのか、まだ全貌が見えないのだ。だから、作戦もキエフ占領からウクライナ焦土化”に変えるかもしれない。ロシアには自国の首都の“焦土化”さえやってのける“戦争文化”がある。

 歴史家のニーアル・ファーガソンは、「プーチンの狙いが何なのかもわかっていませんし、私たちがロシアの力を侮っていたのは事実です。たしかにロシアの戦車は破壊されていますが、ロシアには戦車が無数にあるのです。1939年のソ連フィンランド侵攻を忘れてはなりません。あのときもソ連軍は出だしでつまずきましたが、最終的には求めていたものをすべて手に入れています」とクーリエ・ジャポンで警告している。

 第三に、「短期間に首都を制圧できなければ当然泥沼の持久戦になる」と、内田は言う。だが、たとえ首都を制圧されても、抗戦意志が強ければ、持久戦をすることは多い。

 第四に、「『ウクライナ政府はネオナチに支配されている』というプロパガンダを信じるのは情報統制下にあるロシア国民だけだろう」と、内田はいう。しかし、ウクライナ政府はネオナチに支配されていると思う人は、中国やセルビア(さらにはアメリカ人の一部)を合わせると十数億人だ、と中国ネット民は呼号している。

 また、ロシア国民はプロパガンダにだまされているのだという単純な決めつけも安易である。プーチンが、ポルタヴァの戦いに臨んでのピョートル大帝の演説の精神 ―― 「ロシア軍よ、ときは訪れた。いま祖国の全運命が汝たちの手中にある。ロシアが負けるのか、それとも新たに生まれ変わり、興隆していくのか。それが決まろうとしている。汝たちはこのピョートルのために闘うため、武装して集められたのではない。汝たちはピョートルに委ねられた国家のため、汝たちの親族、全ロシアの民のために闘うのだ。知っておけ。このピョートルはロシアの信仰心と栄光と繁栄のためなら自分の命を惜しまぬつもりである」(上記、記事から) ―― で国民と一体化していることもありそうなことである。

 第五に、「この国際的孤立の中でどうやってロシアは退勢を挽回(ばんかい)する気なのか」と、内田はいう。内田は、北京オリンピック開催時のプーチン習近平会談(共同宣言)を軽視している。中国は、そこでロシアを支えると約束した(ロシアにもウクライナにも恩を売るつもりだから、プーチンの機嫌を損ねない範囲でウクライナ援助もするが)。

 第六に、「プーチンは早々と『核攻撃』というカードを切ってきた。これは第3次世界大戦を始めてもいいのだという意味である。・・・失敗の可能性をゼロ査定して戦争を始めた時点でプーチンはすでに負けていた。彼が何億人かを道連れにできたとしても『負けた』という歴史的事実は変わらない」と、わけしり顔で無意味な結論を内田は述べる。

 内田よ。ロシアのウクライナ侵攻から学ぶべき教訓なり、今後の日本の進路についてのアドバイスは無いのか?

 「中国側から見るならば、習 近平はプーチンウクライナを軽視して侵攻に失敗したと考えているのではないでしょうか。それと同時に、台湾侵攻のリスクもあまり大きなものではないと確認したはずです。米国は軍事介入しませんし、経済制裁は中国には通用しません。習 近平にとって台湾は究極の目標なので、彼が台湾を諦めることはありません。任期を伸ばしたのも台湾のためだったといって過言ではないのです。ロシアのウクライナ侵攻に対する米国の対応を見てしまった以上、私は近いうちに台湾危機が勃発する確率が高いのではないかと考えています」(ニーアル・ファーガソン)。

 

【参考】

 2月27日、ドイツ連邦議会でショルツ首相は、「安全保障により多くの資金を投じなければならない」と演説した。

 そこでは、「F-35戦闘機を導入し、トルネード戦闘機を置き換えることを検討。これは、核シェアリングの担保となる。武装ドローンなどの実戦兵器を購入する」ことも述べている。