断章26

 「私たちは自分で思っているほど実際には物事をよくわかっていない」

 「私たちはどうでもよくて取るに足らないことにばかり気をとられてしまう。そして相変わらず重大な事件に虚をつかれ、そんな事件が私たちの世界を形づくっていく」(『ブラック・スワン』)と、ナシーム・ニコラス・タレブは言った。

 

 世界恐慌の再来かとわたしたちを怯えさせたリーマン・ショックからすでに10年余り。わたしたちは、また「どうでもよくて取るに足らないことにばかり気をとられて」いるのだろうか。

 

 「リーマン・ショックとは、2008年9月15日にアメリカ合衆国投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象を総括的にこうよぶ」(Wiki

 

 1929年世界恐慌が襲来したとき、すでに1923年の関東大震災によって痛めつけられていた日本の恐慌は異常な激しさを呈したのである。

 

 関東大震災では、「一府六県をあわせて55万戸が半壊以上の被害を受け、全焼38万戸に達した。死者・行方不明者9万5千人、罹災者合計340万人」(『昭和史』)

 

 恐慌の影響の「一例として青森県の状況をみれば、1924年以来、数度の凶作があったために、・・・ほとんど再起を望みがたいといわれるほどの困窮状況にあった」「家庭貧窮のため子女の前借(身売り)をした者は、1931年において2420名、32年5月末日においてすでに1503名という数字があげられている」(同書)

 

 5月10日、米政府は、中国からの2千億ドル(約22兆円)分の輸入品にかける追加関税を10%から25%に引き上げる制裁措置を発動した。米中高官が9日にワシントンで協議したが、回避には至らなかった。中国側は10日、重ねて報復を予告。制裁関税の応酬になれば世界経済への悪影響は避けられない。劉鶴副首相を筆頭とする交渉団が訪米して交渉しているが、「鶴が席を蹴って飛べば、北京に雹(ヒョウ)が降る」ことになって、一段と先の見えない世界になるだろう。

 

 もう世界恐慌が起こるような時代ではない?

 

 「トランプ大統領は関税で貿易赤字が減らなければ、2期目には通貨戦争に打って出る腹積もりだろう。第二のプラザ合意的なドルの切り下げである。米国の赤字を半分に減らすには、ドルの価値を半分にすればいい。ライトハイザー米通商代表部代表が80年代にも担当した貿易戦争の結末はプラザ合意であり、結局、ドル(自国通貨)の切り下げであった」

 「MMT(現代貨幣理論)議論が騒がしい。MMTはオカシオ・コルテス米下院議員が流行らせた、赤字垂れ流しを肯定する経済理論である。(中略)

 先進国はデフレの環境にある。日本を見れば分かるように、赤字を垂れ流してもインフレにならないから、インフレになるまではもっと国債が発行できるし、ハイパーインフレになどならないというのがMMT論者の主張だ。・・・これをやると歯止めがなくなり、政治家や政商の利権や私腹肥やしに悪用される可能性が高いだろう。そして、格差の拡大が縮小するどころか、さらに拡大するといった副作用が出てくるだろう。(中略)

 オカシオ・コルテス議員は日本が借金をどれだけ増やしても財政破綻していないから、財政赤字を気にする必要はないという。

 しかし、日本は30年間巨額の財政出動をおこない、MMTもどきの政策を続けてきたが、全然景気は良くなっていないではないか? それに日本は米国と違って債権国であり、債務国の米国がこのような政策を採用すれば、ドルの急落や金利の急騰を招きかねない。日経平均株価と日本の賃金を見ればMMTの答えは出ている。中間層の没落だ。(中略)

 債券王のジェフリー・ガンドラック氏は、『MMTに関してどう思うか?』という質問に対して以下のように答えている。

 『すでにどんな考えも許容されるところにこの世の中は来ている。日本は負債をものすごく増やした。しかしその結末としては30年前の株式市場の最高時から30年たってもまだ半分しか回復していないということ以外何もない。ゼロ金利、国の負債の増加、経済的に成功していないという事実の間に何か相関があるのだろう。フェアで機会がある良い社会を作ろうというのがMMTであっても、実際には結果は逆となり、本当の問題を見過ごしているに過ぎない』」(石原 順)。

 

 大嵐が襲来したとき、豪華ラウンジで楽しむ富裕層からエンジン音が響きわたる油臭い船底にいる最下層民までを乗せて、海賊が待ち構える海図のない海を漂っている1億2千万人を乗せた日本丸は、持ち堪えることができるだろうか?