断章335

 最も温厚で最も残忍な種、ホモ・サピエンス。協力的で思いやりがありながら、同時に残忍で攻撃的な人間の特性は、いかにして育まれたのか?

 「第二次大戦中、強制収容所(引用者注:ナチス。付け加えれば旧・ソ連、中国、カンプチア、『北朝鮮』などなど)の職員たちは、・・・何百万人ものユダヤ人、ロマ、ポーランド人、同性愛者などを射殺したり、毒ガスで殺したりしたが、その行為の最中に加害者側はほぼ無傷だった。ホロコーストのような冷酷な計画的暴力に対して、われわれは『非人間的』というレッテルを貼りがちだ。しかし当然ながら、系統学的に見れば決して非人間的ではなく、むしろ完全に『人間的』なのだ。これほど計画的な手法で同じ種を大量に殺害する哺乳類はほかにいない」(『善と悪のパラドックス』)。

 

 出アフリカした現生人類の移住先には、ネアンデルタール人などの先住民がいた。

 「ほぼ30万年前近くヨーロッパと西アジアで繁栄したにもかかわらず、ネアンデルタール人はおよそ2万8,000年前に突然、姿を消した。繁栄をきわめたこの種が絶滅してしまい、アフリカからやって来た現生人類にヨーロッパの地を明け渡した」。「現生人類がネアンデルタール人と遭遇したとき、いったい何が起きただろうか」(橘 玲)。

  例えば、ヨーロッパ人が新大陸に上陸したとき、新大陸にはなかった天然痘や麻疹を持ち込み、アメリカ先住民が壊滅的な被害にあったのと同じことが起きたのかもしれない。

 「疫病に免疫のある人たちが免疫のない人たちに病気を移したことがその後の歴史の流れを決定的に変えた。スペイン人による新大陸遠征は、その後、コルテスのアステカ帝国征服(1521年)、ピサロインカ帝国征服(1535年)へと発展した。この二つの歴史的大転換の裏にも天然痘パンデミックによる先住民社会の衰退があった」(アジア経済研究所)。

 

 別の可能性もあり得る。というのは、「無秩序な世界で暮らす小規模社会の戦士は、今日私たちが出会う他者とは大きく異なる。戦士は、見知らぬ他人の武器や衣服や方言を手がかりに、その相手が自分の社会の一員か否か瞬時に判断できる。敵対する近隣社会のメンバーは真の意味での他者であり、おそらく人とはみなされない」。

 「男はみな狩人で、場合によっては戦闘員でもあるので、社会同士の接触で暴力が発生し、死亡する可能性は高かった」。

 戦士たちの「攻撃側は自分たちが負傷するリスクを最小限に抑えた奇襲を計画する。たいてい主要な目的は相手を殺害することだ。ライバルの人数と縄張りを縮小すれば自分の利益につながりやすい。そこには、将来攻撃される可能性の減少、近隣の資源へのアクセス向上が含まれるだろう。攻撃の動機が何であれ、近隣の集団が弱くなれば、殺害者たちは状況を改善したことになる」(ランガム2020を抜粋・再構成)。

 

 こんなことがあった。

 「野生のチンパンジーがゴリラを襲って殺す行動が初めて観察されたとして、ドイツの研究チームが学術誌に論文を発表した。研究チームはアフリカ中部ガボンにあるロアンゴ国立公園で、チンパンジー約45頭を観察していた。チンパンジーとゴリラはそれまで穏やかな関係を保つのが普通だったことから、獰猛(どうもう)な様子に驚いたという。(中略)

 『チンパンジーの存在が、ゴリラに致命的な影響を与えうることが初めて証明された』と研究者は解説し、理由については『チンパンジーとゴリラ、ゾウによる食料源の共有が争いの激化につながり、大型類人猿同士の致命的な関係につながったのかもしれない』と推測している」(2021/07/23 CNN)。

 

 「現生人類がネアンデルタール人と遭遇したとき、いったい何が起きただろうか」。

 「これについては多くの研究者が言葉を濁しているが、ダンバーは、わたしたちがネアンデルタール人の遺伝子をもっているのは、『配偶者のいない解剖学的現生人類男性による一種の略奪行為』の結果だと率直に述べている」(橘 玲)。

 オンナを奪った。オトコをどうしただろうか?