断章95

 「動物王国」は、大海の只中の火山島にある。

 「動物王国」の社会は、上級国民と下級国民に分かれている。

 

 上級国民のひとり、アルパカ夫人には、三人の娘がいる。長女は、アメリカにMBA留学をして、有名コンサルに勤めているキャリアウーマンである。次女は、大学病院で研修医をしている。

 アルパカ夫人は、今週も大忙しである。三女の高校の卒業旅行は、イタリア・オーストリア6日間だった。家族も同行できたので夫人も一緒に行って、月曜日に帰国したところである。なので、火曜日には、介護付き高級有料老人ホームの一般居室(入居一時金は1億5千万円、月々の費用は50万円)にいるお母様に、お土産のザッハトルテをもって旅の報告を兼ねた面会に行く予定である。水曜日は、アメリカとフランスから夫人宅にホームステイに来る予定の外国人学生のために、お手伝いさんだけでは手が回らないので、セコムのホームサービスとホテルのケータリングの手配をし、“おもてなし”でニセコ・スキー場に連れていくための準備もしなければならない。木曜日は、成田までお出迎えに行って、夜は歓迎会である。金曜日は、午前中に美容院とネイルサロンに行き、夜は懇意にしている代議士夫妻とディナーである。土曜日は、長女と一緒に、毎年参加しているホノルル・マラソンのためのウエアを買いに行く。その後、日曜日にかけて一泊二日で仲良しのカピバラ夫人と、「京都南座・年の瀬恒例歌舞伎」の京都観劇旅行に出向くのである。

 

 下級国民のひとり、ウサギ女には、三人の息子がいる。長男は、勉強嫌い、学校嫌いだったので、中学を出てすぐに建設作業員として働いている。近頃は、家に帰ってこない。ラインしても返事が無い。次男は、高校を出るとすぐに結婚して所帯をもち、被災地に月単位の長期出張をする電気設備業で働いている。三男は、色々と転職し、今はドライバーである。

 ウサギ女は、今日も大忙しである。高齢の実母のために、朝食・昼食の用意をしておいて、うどん屋のパートに行く。つれあいは、ボチボチ自営業なので年金は雀の涙。あてにできないのである。パート帰りに、激安スーパー、業務スーパー、スーパー、ドラッグストアの特売をはしごする。自転車なので、ユニクロの極暖の下着を2枚重ねしても寒風が身を刺すのである。

 夕食は、ほぼ毎日、鍋料理である。「今、どこそこで、何が安い」と教えてくれる友人と味の素の「鍋キューブ」は、彼女の頼もしい味方である。というのは、「鍋キューブ」は、規定より数を少なめに入れて残りを次に回し易いからである。つれあいが、「だし汁が薄いな」と言えば、「だし汁は、薄味の方が健康に良いんだよ」と教えてやるのである。夕食が済めば、汚れが酷い実母の身の回り品を洗いにコインランドリーに行くのが日課である。

 

 「動物王国」の政界は、与党と野党に分かれている。

 与党は、概ね四つ足で、地に足がついているが、馬や鹿や豚やキツネやタヌキしかいない。百年ほど前に大きな戦争があって勇敢な虎やライオンや狼は皆、死んでしまい、穴や森に隠れていた馬や鹿しか残っていないのである。

 野党は、概ね鳥族で、白や黄色に塗ったカラスやバタバタ騒々しいだけのムクドリや党中央の言ったことをそのまま言うだけのオウムたちである。

 

 「動物王国」のある火山島は、連日、火山性微動が続いており、海水面も上昇して砂浜も少なくなり、かってない巨大台風の襲来も危惧されている。

 しかし、「動物王国」に目立った動きはない。誰もが、「上層はこれまでどおりにやっていけなくなり、下層もまた我慢の限界である」ような危機は来ないと、思っているようだ。

 人口統計学によれば、「高齢者が多数になる社会は、秩序の低位安定が続く」そうである。